
1.唐招提寺
律宗大本山
開基 鑑真
所在地 奈良県奈良市五条町
鑑真は、仏教者に戒律を授ける導師として日本に招請された。12年の間に4度渡航に失敗。5度目の渡航でようやく来日を果たした。東大寺ですごした後、天平宝字3年(759)、当地に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開いたのが始まりである。
2.目黒不動尊
東京都目黒区下目黒
天台宗 泰叡山 瀧泉寺
開基 慈覚大師(円仁・第三代天台座主)・大同3年(808年)
本尊 不動明王(密教で大日如来の化身とされる仏教の守護神)。慈覚大師自ら彫刻したといわれ、秘仏として12年一度、酉(とり)年に開帳される。
江戸時代、五色不動の一つとして、江戸城の鎮護、五街道の守護に当たった。また、「富突(とみつき)」という現在でいう宝くじが、谷中感応寺・湯島天神と共に「江戸の三富」と呼ばれ、庶民に親しまれ賑わった。
3.報徳二宮神社
東京都目黒区下目黒
天台宗 泰叡山 瀧泉寺
開基 慈覚大師(円仁・第三代天台座主)・大同3年(808年)
小田原城址公園
祭神 二宮尊徳(幼名 金次郎) 彼は江戸末期、現在の小田原の農家の出身。幼少のころ両親を亡くし、没落した。勤勉と倹約から家を再興。その当時の姿が、薪を背負い本を手にした銅像で戦前の国民学校に設置され、軍国主義に利用された。尊徳の思想は報徳仕法といわれ、分度(自分の経済力に応じて支出に限度を設け)・推譲(そこから生じた余剰を窮乏している者に譲る)の精神で、特に為政者の責任を重視し、財政に分度を設け、それを越える収入を窮民および荒地開発のために推譲することを強く求めた。
4.品川神社
東京都品川区北品川
祭神 アメノヒリノメノミコト、スサノオノミコト、ウガノメノミコト
1187年、源頼朝が海上安全と祈願成就の守護神として、安房国州崎明神を勧請したことに始まる。1600年徳川家康が関が原に出陣するにあたって、この神社で戦勝祈願をした。戦いに勝って、神輿および天下一嘗の面を奉納した。この絵馬にその「天下一嘗の面」が描かれている。祭りには神輿の屋根にこの面を付け、氏子の無事と幸福招来を祈願した。三代将軍家光のとき、沢庵が開いた東海寺の鎮守と定められてから幕府に厚遇された。家光が寄付し、勝海舟が「葵の神輿」と名付けた480貫(1.8トン)の大神輿は有名である。
5.寿徳院境外墓地
JR板橋駅東口前。
近藤勇。新撰組局長。鳥羽・伏見の戦いに敗れ、その後転戦の後、再起を図るため千葉県の流山に潜伏中、捕らえられ、中仙道板橋宿脇本陣豊田家に幽閉。捕らえられてから3週間後の慶応4年(1868年)4月25日、現在諸説があるが、寿徳院の境外墓地に葬られたとされる近くで、斬首刑に処せられ首は京都二条河原で晒された。享年35歳。絵馬に辞世の七言絶句の一部が記されている。「義を取り、生を捨つるは、我が尊ぶ所」。
6.野々宮神社
野々宮神社
祭神 天照大神・大黒天
伊勢神宮につかえる斎宮と決まった未婚の皇女が出立までの1年間、心身を清めた場所でした。このことは『源氏物語』賢木の巻の、六条御息所と光源氏の哀切な別れの夜で明らかです。六条御息所は娘が斎宮となったのきっかけに、すっかり冷たくなった源氏との仲に絶望し京を捨てようと決心しました。伊勢下向の日目前に源氏は、一目逢いたいという思いを抑えがたく、お忍びで嵯峨野に来ました。大変に有名な場面です。
絵馬は源氏物語絵巻四十四帖、大君、中君が坪庭の桜を賭けて碁を打つ場面。
7.日枝神社
東京都千代田区永田町
1657年明暦の大火で半蔵門外(現在の国立劇場付近)にあった社殿が焼失。その後第四代将軍家綱により現在地に権現造りの社殿を造営。国宝に指定されていたが、1945年の戦火により焼失。1958年(昭和33年)現在の社殿が復活した。
日枝神社は、江戸山王権現から、明治になって日枝神社と改めた。したがって現在でも山王祭り(新幸祭)と呼ばれ、祭神を鳳輦に乗せて永田町・丸の内・日本橋・京橋・銀座と古式の装束を身にまとった姿でめぐる、いわゆる天下祭が行われる。
8.法善寺
大阪府大阪市中央区難波
本尊 阿弥陀如来 西向不動明王(水掛不動) 金毘羅天王 お初大神
浄土宗、開山1637年(寛永14年)。昭和20年3月13日の大阪大空襲により焼失。西向不動明王のみ焼失をまぬがれた。不動明王は、さまざまな願いを込めてお参りをする人の掛ける水でいつも濡れており、苔むしている。また境内の露店から発展した法善寺横町があり、夜ともなれば人通りの絶えない浪花情緒あふれる一帯となる。
9.亀戸天神社(亀戸天満宮)
亀戸天神社(亀戸天満宮)
東京都江東区亀戸3-6-1
祭神 菅原道真
寛文2年(1662)九州の大宰府天満宮より勧請。地形をはじめ社殿、楼門、太鼓橋、池など境内の配置をすべて大宰府の社を模して造営した。合格祈願の時期には白梅が、5月上旬には藤の花が咲き誇り、多数の参拝客で賑わう。
10.温泉神社
温泉神社
栃木県那須郡那須湯本上ノ山
創立奈良時代 地元住民が矢傷を負わせた白鹿を追い求め、那須岳の麓で白鹿を見失った時、白髪の老翁が現れ「自分は温泉の神であり、お前の求める鹿は温泉につかり傷を癒している。お前はこの温泉を万民に伝えよ」と言われ、温泉発見と崇敬の念をあらわすため神社を建立する。後年、那須余一が屋島の合戦で、故郷の那須温泉大明神に祈願し扇の的を射抜いたことは有名。彼は凱旋後大社殿を寄進した。
11.雨降山 大山寺
神奈川県伊勢原市大山
奈良時代東大寺を開いた良弁僧正が天平勝宝七年(755年)に開山。真言密教の修験道場として栄えた。江戸時代修行僧が下山、布教活動を行ったことから大山詣でが広まった。明治初年「神仏分離令」により阿夫利神社下社から現在地に移動。成田、高幡とともに関東三大不動の一つ。寺宝の不動明王像とせいたか童子、かんから童子は国の重要文化財。


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