| 2005年9月22日(木) |
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夜、中野サンプラザに出掛けた。今から何年前だろうか。完成した時は評判になったホールだった。今日しみじみ見てみると、古くなってちょっと汚いなあとの思いを強くした。最近は新しい劇場があちこちにあるので、そう思ったのかも知れない。さて私がこのホールに来たのは、「冬のソナタ」ピアノコンサートを聞きにきたから。3人のピアニストと一人のギタリスト、一人は「初めて」の作曲者で、ドラマの中でぺ・ヨンジュンが講堂でピアノを弾く代役をした、イ・ジス。まだ大学生だそうだ。その他二人のピアニスト「冬のソナタ」でそれぞれ作曲をしたイルマ、ザ・ディドリーム、唯一女性で日本人韓国で活躍しているという中村由利子。そしてギタリストで(最初から今まで」の作曲者ユー・ヘジュン。第一部では「冬のソナタ」の二三曲弾いた。ユーぺジョンは3曲ほど持って行った中の一曲が採用され、その曲を鼻歌で歌いながら渡したところ、自分が歌うことになる雰囲気になったが最初からリュウさんに決まっていたようだがと…。第二部ではそれぞれ自分の得意とするものを披露。遊び心だろうかイ・ジスとイルマの連弾、途中でアレンジを代えたり生き生きと楽しみながら弾いていた。
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| 2005年9月21日(水) |
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昨日と今日、二人の訃報を知る。一人は中内功氏。晩節を汚してしまったことは残念ではあるが、彼の功績はそれに余りあるものがある。価格破壊、すなわち流通業界に革命を起こしたことである。今日、庶民が物品を安価に手に入れることが出来る構造を作り上げたのは彼である。天下の松下との戦いで、数年の後白旗を揚げさせたこと、私は鮮明に覚えている。もう一人は後藤田正晴氏。彼は旧内務官僚から戦後、警察庁長官になり、田中内閣時代政治の世界に入り、重責を果たしてきた。私が彼を尊敬する理由は、戦争体験から平和に関しては非常に敏感で、自民党にあって数少ない護憲派であったこと。中曽根内閣時代に自衛隊の海外派遣を止めさせた実績があること。二世議員で何も知りもせず改憲に動く連中に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。お二人のご冥福を祈る。
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| 2005年9月20日(火) |
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NHKが新生プランを発表した。ディレクターの不祥事に端を発した挙句の果て、当時の海老沢会長の無責任な発言と辞任しない行為が視聴者の怒りを買い、受信料不払いに発展。現在不払い者は130万。
そこで出た新生プランは、職員を一割減らすことと支払っている人に不公平であることを理由に簡易裁判所を通じて、法的な措置をとり、強制的に受信料を徴収しようとしている。何たる傲慢な態度。何も反省していないと言わざるを得ない。しかも未契約者は958万というではないか。そちらはどう対処するのであろうか。
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| 2005年9月19日(月) |
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今日は敬老の日。サンデー毎日の私にとっては、祝日そのものを忘れる今日この頃である。総務省によると、65歳以上の高齢者の総人口に占める割合は、20l、国民の5人に1人が65歳以上だとのこと。これは世界一だそうだ。10年後には26lになり、4人に1人が高齢者となる。
自治体もかつては60歳になった者にお祝いを出していた。現在はこんなに高齢者が多いと財政難と相まって、今は、知り合いの家に行ったところ、赤飯だった。80歳はおろか、90歳〜100歳の人が元気に過ごしている人がかなりいる。
私も、生きているというだけでなく、元気に過ごせるのならば、あやかりたいものだ。
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| 2005年9月18日(日) |
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衆議院選挙で惨敗を喫した民主党、その責任を取って辞任した岡田党首に替わって17日の代表選で新党首になった前原誠司氏(43歳)、菅直人氏を二票差とはいえ、打ち勝ったこと大きな驚き。日本は確実に、世帯交代の時期になったのだろう。思えば戦後生まれの団塊の世代が定年退職を迎えることになったのだから、当然といえば当然か。新代表になった前原氏が右から左まで存在する民主党を一本化するために、労組との関係を見直す、おもねることは政党の自殺行為で、考えが合わなければ、決別する決意が必要だ、といったがこの点では大いに結構だ。その信念を貫いてもらいたい。自民党が族議員を必要としなくなったと同様に。
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| 2005年9月17日(土) |
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夜、先日国立劇場で行われた本條会を観たNさんが前々から習ってみたいと思っていた三味線、自分にも出来るかどうか稽古場を見学したいということで、私ども知り合いの本條会の高弟のおひとりの方にお願いをして、今日実現した。稽古場には77歳の方がおり、黒田節だけ出来れば満足という。後は他の方の三味線に合わせて謡っておられた。何かほのぼのとした雰囲気のお稽古であった。Nさんもかなり乗り気のようだった。
さて帰りに居酒屋で一杯と出掛けた。若い人の大きな声が気になっていたが、その後子供連れの一行が食事を兼ねて来た。子供は8人ぐらいだろうか。いたたまれない高い声ではしゃぎまくっている。いまどきの若い夫婦は子供をまったく叱らない。第一、こんな居酒屋に連れてくる感覚が私には理解できない。
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| 2005年9月16日(金) |
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今日、別のビデオクラブに出席した。このクラブは人数が多く、月一回の開催であるが、セミナーも行われるかなり力量のおありの方々がいらっしゃるクラブだ。上映される作品、いつもため息が出るほどのものばかりだ。そして専門的な知識がおありの方が多く、参考になることが多い。
ところで前回私のHPのビデオ作品のことを話したことがあり、私のHPを見てくださる人が多くいらしゃる。アクセスカウンターがこのごろ増えているのもこのせいだろうか。昨日もそうだが、よく日記が続いていますねといわれる。これではタメ日記できなくなってしまう。がんばります。
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| 2005年9月15日(木) |
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ビデオクラブの発表会。ご指導してくださるのは、元NHKディレクターの松本豊美先生。最近皆さん暑さ負けか、お休みが多くなり、幹事として少し心配をしている。今日も出席者が少なかったらどうしようと思っていたが、9名の方がおいでになった。
ただ、私を含めて作品が出来ておられない方があって、せっかく指導してくださる先生に申し訳なく思ってお詫びしたところ、猛暑も終わってこれから張り切って作品を作ってくださればいいですよとやさしくおっしゃってくださった。
ところで、会員でない方のビデオ作品から、映像があれば、ナレーションでどのような作品にも仕上がることが分り、いつか私も挑戦しようと思ったことだ。
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| 2005年9月14日(水) |
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渋谷のBunnkamuraシアターコクーンで公演されている 「天保十二年のシェクスピア」を観劇した。かなり話題になっているようだ。原作 井上ひさし、演出 蜷川幸雄、音楽 宇崎竜童、キャストは豪華メンバーだ。唐沢寿明、夏木マリ、高橋恵子、勝村正信、木場勝己、西岡徳馬など。まず驚いたのは上演時間、4時間。ストーリーは天保12年、下総清滝村での出来事。シエクスピアの作品を巧みに取り入れたもの。リヤ王、ハムレット、マクベス、ロミオとジュリエット等々。ミュージカル仕立で、俳優はみな生き生きと演じていた。井上作品らしく爆笑また爆笑。「男はつらいよ」のおいちゃんではないが、バカバカしく思わず「バカだね」といってしまう。こんな破天荒な演劇、一体何を言いたいのか分らないうちに4時間が終わってしまった。
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| 2005年9月13日(火) |
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明日ピアノのレッスンがある。3週間ぶり。私が旅行したものだからこうなってしまった。練習を十分にしていないので忘れてしまった。
一生懸命、感を取り戻そうと自分なりに必死。先生の模範曲を聴きながら進む。ピアノそれなりに楽しいが、このところ前進しない。ハノンの練習、これが結構難しい。同じ指を使っていても、リズムが違う。楽譜を見ても私には分らないのだ。すばやく楽譜を読めるようになりたい。
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| 2005年9月12日(月) |
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選挙結果予想していたが、こんな大差で自民党が圧勝するとは思っても見なかった。自民・公明の与党で3分の2の議席。これでは何でも好き勝手に出来る。憲法改正も可能。ただ公明党は、支持母体創価学会との兼ね合いがあり、法案には是々非々で望まなければならないことが多々あるのではないだろうか。
自民党も今は浮かれているが、民主党がだらしないからこのような結果が生じたのである。小選挙区制度は政党交代を容易にするものであるから、次回の選挙で逆の結果になることだってありうるのだ。心して政局運営をしてもらいたい。国民は与党の動きをじっと見つめていることを忘れないで貰いたい。
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| 2005年9月11日(日) |
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祭りで最も人々を感動させるのは神輿だ。三町会の神輿が連なって神社に向かう。5時間ぐらいかかって帰ってくる。
今回は、私は帰ってきた人々の振る舞いのものを載せる台を設置する係り。この町会の売りはそうめんだ。500食作るようだ。ちょうど小腹がすくころ。担ぎ手は楽しみにしているようだ。
昨年は神輿にずっと付き添っていたので大体様子が分る。国道17号で信号を渡るとき、これが揉みに揉んで10分くらいかかって渡り切る。信号無関係なので、車が長く連なっている。
そして一日が終わり、また来年に期待が集まる。
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| 2005年9月10日(土) |
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我が町の祭礼。10時に神酒所に行く。町会が独自の場所を持っていないので、信用組合の空き地を借用しての臨時のもの。12時半に子供神輿と山車がでる。私の当面の仕事は、奉納された金品と氏名を張り出すことだ。
選挙中なのでロータリーに今日は共産党党首が街頭演説をするという。さすが党首、大変上手な演説だった。彼らが去り、神輿、山車が出て間もなく次に当選確実視されている人の演説が始まってすぐ、サイレンを鳴り響かせてガス会社、消防車、パトカーが何台も来て騒然としてきた。誰も演説など聞いていない。そのうち避難勧告が出て町会の人々も外に出される。ガス漏れとのこと。解除されるまで3時間かかった。妙な一日となってしまった。
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| 2005年9月9日(金) |
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やはり年だ。疲れて何もする気がない。明日は町会の祭礼。手伝いを要請されているので、英気を養おう、と格好はいいが…。
どうしてもHPに今度の選挙について自分の思いを綴りたいとコラムに書く。それととりあえず今回の旅行の写真を貼り付けた。いづれビデオにして皆さんにお見せしたいと思う。
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| 2005年9月8日(木) |
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最終日。良い天気、新穂高展望台に行く。交通費が意外とかかる。バス代が往復1200円、ロープウエイ代往復2800円。展望台まで1時間半ぐらい。2時までにホテルに戻っていなければならないので帰りのバス時刻を確認する。
ロープウエイは二階建、日本初だそうだ。展望台からの眺望、やはりガスがかかってあまりよくない。焼岳ははっきりと見えた。槍ヶ岳はガスの中、西穂高はどうにか、しかしすぐガスの中へ。三千メートル級の山々、夏とはいえ清清しさを感じる。
帰りのバスは二階建バスで一番前。ちょっときつい。いい場所でありながら、疲れてうとうと眠ってしまった。トイレ休憩場所で、野沢菜入りのお焼きを食べる。どうもこの旅行でまたダイエットやり直ししなければならないだろう。新宿で夕食を取らないかと誘われたがお断りして帰途に着く。
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| 2005年9月7日(水) |
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夜中風雨激しい中、眠りに付く。私以外は早くに目が覚めたらしく、すでに朝風呂に入っていた。朝食後雨が上がり陽がさして来た。台風が日本海に抜け北に進んでいるので、今日はもう大丈夫と出発の準備をしていたころから天候が悪くなってきた。
雨具の準備をしてバスセンターまで出掛ける。予定では、新穂高展望台にいくはずだったが、この天候では視界ゼロであろうと思っていたが、ロープウエイが運行を中止しているとのこと。Wさんは、それでは飛騨高山に変更しないかと提案したが、誰も返事をしない。三人とも雨の中傘をさしてまで観光したくない、何回か来ているからが理由。
昼食に豪華な蕎麦を食べる。宿に帰ってごろごろ過ごす。これもまたよきかな!
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| 2005年9月6日(火) |
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起床6時。準備万端、奥飛騨に出掛ける。2泊3日で2万円を切る。昨今は安い価格で温泉につかれるのだ。台風が日本に向かっているので、ちょっと不安。ノンベーのNさん、ヘビースモカーのWさん、万年文学青年のOさん、デブの私と4人連れ。我々が泊るのは平湯温泉の平湯プリンスホテル、案内書には西武系ではありませんとことわりがきがしてあった。どうしてどうしてなかなかいい和室だ。夕食も値段からは考えられないものだった。二時半に宿泊地に到着。明日は台風で外出できないかも知れないので、平湯大滝に行く。かなりの勾配のある坂道をハーハーいって目的地に着く。日本の滝百選の一つ。落差64メートルいい眺めであった。今は季節外れなのか訪れる人はあまりいないようだ。テレビ東京と違って放映されないものがあって、Oさん奥様にTel、剣客商売スペシャルの録画をしてもらっていた。いいご機嫌のNさん、Wさんと囲碁をする。Wさんは4段だそうで、4目おいて打っていた。そして夜は更けた。
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| 2005年9月5日(月) |
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昨日、ハリケーンの被害を書き記したが何のことはない、東京も昨晩豪雨であっという間に床上浸水の被害に見舞われてしまった。復旧にはやはりかなりの日数がかかるようだ。50ミリの豪雨を想定した対策しかしていなかったようだ。地球温暖化で、これからも100ミリぐらいの豪雨は、何回もありえると言う。早急に対処してもらいたいものだ。我が家は高台にあるのでその点では安心ではあるが…。
明日いつもの4人組で奥飛騨に行くことになっているが、台風14号が日本に接近している。間もなく九州に上陸とのこと。いやな時にぶつかってしまったものだ。まあ日ごろの行いが悪いから仕方ないか。三日ほど帰ってきてから日記をまとめて書きます。
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| 2005年9月4日(日) |
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私は、HPを開設しそして日記を書き始めてからインターネット、書物、新聞等を精読し、さまざまなことを学ぶようになった。ビデオのナレーションにしても当地で収集したものでは満足できず、いろいろ調べる習慣が身につくようになっただけではなく、知る喜びも得た。
例えばニューオーリンズがアメリカのどの位置にあり、ジャズ発祥の地であり、そしてそれは黒人の間に生まれたものであること。かつそこは人口の3分の2が黒人であること、そのよって来るところは、ここが黒人奴隷市場であったこと。彼らのほとんどが貧困にあえいでいるということ。今回も避難勧告が出されていたにも拘らず、住民の多くはそれを無視したというけれども、避難したくとも移動する手段がなかったのだ。アメリカは大国で民主主義国家を自認しているけれども、差別が横行しているのがよく分った。きっと我々黄色人種をも心の中では差別しているのであろう。
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| 2005年9月3日(土) |
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ハリケーン「カトリーナ」が、アメリカ南部に上陸して、考えられない災害をもたらした。伝え聞く限りではこんな最大級のものは初めてだ。最大瞬間風速は77b、約8bの高潮。ルイジアナ州ニューオーリンズは報道によると、海抜0メートル以下で、堤防決壊で市内の八割が冠水したという。死者も数千人ということだ。
ただ私が驚いたのは、アメリカは世界最大の資本国家で、救援活動も直ちに行われていると思っていたが、被災から4日たってから救援物資を持って州兵が到着したという。その間被災者は、水も食料も口に出来なかった。広大な国家ということだけの問題ではないことだけは確かだ。
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| 2005年9月2日(金) |
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今日は内視鏡による大腸検査。その為午前中は食事抜きで、大腸をきれいにする薬溶液2gを時間をかけて飲む。飲んでから一時間後には排泄が始まる。しかし今回は、なかなかうまくいかない。この件でよく分ったことは、海藻類はカロリーゼロのようだが決して消化しないことが分った。午後から検査。一時間ほどかかって終了。モニターにすべて映し出されているのを自分も見て医者が説明してくれる。これは告知と同じ。幸い1ミリのポリープが2個あったが、切り取る必要もないとのこと。その後須田町のエデロールでビデオ編集の講習会に参加。その後T氏と会食する。午前中食べていなかったので、特別においしかった。
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| 2005年9月1日(木) |
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ビデオクラブ撮影会。8人参加。幹事として階段の上り下り、坂道がある旨伝ええる。一人の人が、膝を痛めて、やっと良くなったので撮影会に行かないとの申し出。私は自分も同じであるので、その方がよろしいでしょうと申し上げた。結局7人で行くことになる。私は下見でよく分っているので慎重に歩く。他の人も皆お年を召しているので、無理をしない。撮影後、名物の豆腐料理とビールでのどをうるおした。生き返った感じ。再来週の発表会が楽しみである。明日は、私は大腸検査。2年ぶり、ポリープがありませんように願う。
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