| 2005年8月31日(水) |
 |
明日のビデオ撮影会の準備。テープを購入したり、バッテリーを充電、三脚、カメラの点検等あれこれ忙しい。この間の下見で撮影地は、かなりきつい行程であることが分っているのでカメラも、三脚も小さくかつ軽いものにした。
準備終了後、風呂の浴水交換、24時間風呂なので月一回大掃除が必要なのだ。小一時間かかる。夫婦揃って、こんな風に自宅にいることは珍しい。後はベットに横になって、優雅にテレビ鑑賞。
|
|
|
| 2005年8月30日(火) |
 |
衆議院選挙告示。我が家の塀も各党の選挙ポスターが張られている。公示前は立候補者名のものはなかったが、今日午後にはもう張られていた。これから約二週間いろいろとうるさいことだろう。さそっく立候補したのでよろしくとの電話あり。
電気屋がゴースト解消対策の工事をしに来た。かなり解消したけれど、まだ完全ではないので後何回か来て、備品を取り付けるという。それから先日急に地上デジタル放送が映るようになった。見事なきれいさ。驚く。しかし2011年後今までのテレビはどうなるのだろう。
|
|
|
| 2005年8月29日(月) |
 |
土曜日インターネットセキュリティが一台どうやっても期限切れとなってしまうので、その関係のソフトを購入しに池袋に出掛けた。そこで私は知らないとはいえ、違法行為をしていたことが分った。切っ掛けはパソコン2台OKのパッケージが目に入った。店員に聞いたら、私の行為は違法であると指摘された。もう一台用のソフトを購入して帰宅した。テレビで八代英太氏が無所属で出馬することが報道されていた。前首相森氏の小泉首相と会談した時のビールの空き缶と干からびたチーズの件、二人打ち合わせの上での記者会見であったとのことを含めて、政界とは狐と狸の化かし合いの場で、八代氏も比例区での立候補が約束されていたことを自ら告白していた。それではあなたのあの時のあの涙は一体なんだったのだ。国民をなめてはいけない。
|
|
|
| 2005年8月28日(日) |
 |
武部自民幹事長が、テレビ出演で消費税について本音を言ってしまった。小泉退任後、消費税を上げることを肯定したのだ。あわてて後に修正をしたようだが、前にも言ったように政策をあいまいにしておいて、その後本音を実行するようなことは、もう国民はだまされない。政治家は肝に銘ずるべきだ。もう一つ八代英太さん態度はっきりさせなさいよ。昔、近所に住んでいた住民の一人としてご忠告申し上げます。
|
|
|
| 2005年8月27日(土) |
 |
今日は妻と浅草のサンバカーニバルに行くはずだったが、昨晩遅く某インターネットセキュリティーがおかしくなり、後一年期限があるはずが期限切れと表示されいくらどうやっても正常にならない。そこでいつもパソコンの関係をお願いしている方に電話して来ていただくことになり、残念だがカーニバルは中止した。ただ妻は出掛けた。結局分らずじまいだが一台は復旧したが、もう一台は直らなかった。
明日、他社のソフトを購入して、ウイルス対策をすることにした。パソコンは原因が分らないことが結構あるんだということが分った。お願いした方によるとソフトのバグではないかと言っていた。
|
|
|
| 2005年8月26日(金) |
 |
午前10時30分から一時間の休憩をはさんで午後4時半まで、ビデオ編集のセミナーに出た。製品説明とこんな編集があるという説明があった。私はこんなに機能があるとは知らなかった。これからは編集器に向かってじっくり物にしようと思ったことだ。それとこのクラブの方は撮影技術も編集もアイデアも素晴らしくただただ感心するばかりである。見習いたくもとても追いつかない。
さて今日は、私のHPにあるビデオの貼り付け方を簡単に説明をしたが、説明不足で恐らく分っていただけなかったと思う。上手に説明できるよう努力しなければならなかった。
|
|
|
| 2005年8月25日(木) |
 |
ここ数日、大型台風接近の影響か、過ごしやすい。しかし今晩から明日未明にかけて関東地方に上陸する可能性が高くなるとのこと。我が家の1階の応接間、大雨が降り南風が吹きつけると、雨漏りがする。最初は7年ほど前で、その当時はこの部屋はパソコンなどを置く実質上私の部屋になっており、もう少しでパソコンが水浸しになるところであった。さっそく施工した知り合いの棟梁に来てもらって調べてもらったがその場では原因が分らず、同様の大雨の状態の時来てもらったら、雨戸の溝受けが大雨の時排水に耐えられないこたが分った。それ以後必ず、大雨の時は雨戸を閉めることにした。今日も早々と雨戸を閉めたこただ。
|
|
|
| 2005年8月24日(水) |
 |
昨日の疲れが取れない。今日はピアノのレッスン日。十分な練習をしていないので「黒い瞳」当分終わりそうにない。残念。夕方指圧にかかる。若いころから肩こりなのだ。妻が奥志賀に行っているので、久しぶりにご飯を炊き、刺身で済ます。猫、我がベットで就寝。
|
|
|
| 2005年8月23日(火) |
 |
ビデオクラブ9月の撮影会場の下見をする。今回は阿夫利神社。同じく幹事のS氏と奥様。奥様は昔大山詣での講で何回も来ているのでご案内役としてご一緒していただいた。新宿から目的の神社まで約2時間。電車、バス、徒歩、ケーブル。徒歩は階段を昇るのでゆっくりと30分かけた。結構きつい。ここは丹沢山系の一つ。標高1251メートル、遠く相模湾を望む。常に雲や霧を生じ雨を降らす山ということで、江戸時代から雨降り信仰として栄えた。昔だったらなんでもないが、下山は本当に大変だった。もう階段下りは願い下げ。撮影当日のお疲れ乾杯の場所も決めて帰路に着く。電車内ではぐっすり寝入ってしまった。
|
|
|
| 2005年8月22日(月) |
 |
書道のレッスン日。都合により夕方4時からになる。猛暑で、徒歩16,7分かかるので汗びっしょり。指導する先生は体調をくずしておられて、クーラーは一切使用せず。汗が落ち着くまでお勉強が出来ない。
なんだか最近先生は、我々夫婦が上達したといってホメ殺しをする。お年を召していらしゃるので、少しあせっているのかな〜。お手本も急ピッチで変っていく。間もなくひらがなの練習になるようだ。うれしいけれどもあまりヨイショされすぎで、夫婦で苦笑い。
|
|
|
| 2005年8月21日(日) |
 |
昨日会ったSさんはペット(犬)を飼っているが14歳で目が見えず、耳も聞こえなくなって散歩も一苦労。感で歩いているようで、かわいそうだという。確かに私も8年前に猫を看取った経験があるが、最期は見ていられなかった。今いる猫も8歳で、その時、もう飼うのをやめるように言ったのだが、ペット病院の先生から頼まれて我が家にやってきた。二ヶ月で手のひらに入るほどのかわいらしい猫ではあった。しかしこの今いる猫が最後と妻にはくぎをさしてある。理由は簡単。我々が先に行ったら誰が面倒を見るのかということだ。本当に分っているんだろうな!
|
|
|
| 2005年8月20日(土) |
 |
妻のお土産を二軒におすそ分け。午前中に散歩を兼ねて持って行く。午後からもう一人Nさんと巣鴨で待ち合わせ。先日の三味線の会に参加した人。知人に話したら、本條さんはその世界では有名な人で知らないのは自分だけで恥ずかしかったとか。三味線に興味があるので、妻の知人で高弟の人を、自分が実際に三味線が弾けるかどうか試してみたいので、紹介してくれないかとのことで、妻にそのことを話す。
|
|
|
| 2005年8月19日(金) |
 |
夕べは楽しかった。アル中気味のSは二度もベットから落ちたが、怪我もなく良かった。朝食、二人は大盛りで二杯もご飯を食べたのには驚いた。やせの大食いという言葉があるが、Iは50キロ。確かに骨皮筋衛門であるが、特に病気はないという。元々菜食主義者でアルコールもほとんど嗜なまない。私はといえば体重が75キロ台彼を見ると少し脂肪を分けてやりたい。再会を約して、小田原で別れる。しかしこの猛暑どうにかならないか。注意しないと熱中症になってしまう。
|
|
|
| 2005年8月18日(木) |
 |
後輩でもあり職場での同僚でもあったKの墓前にお参りが出来た。私の不徳の致すところ、葬儀に出席できず胸のつかえがずっと続いていた。友人二人にお願いをして、今日ようやく願いがかなった。奥様には葬儀に参列できなかったことを心からお詫びした。
奥様は一人でお住まいで、ようやく寂しさから解放されたと語っておられたが、我々もやがては経験することになるわけで、他人事でないことを実感した。久しぶりに合うということで湯河原温泉に宿泊することなっており、夕方到着。三人三様生き様が違い、思い出話と政治談議など話に花が咲き、楽しかった。これもKのおかげ?Kが一緒であればもっとうれしかったのに…。
|
|
|
| 2005年8月17日(水) |
 |
妻帰宅。午後7時半に東京駅着のはずが、7時ごろに家に着いたのでびっくり。聞けば禁煙席があったので変更した。変更にともなう料金はかからぬとのこと。
猫から開放されてやれやれと思っていたら、ばかですね〜。夜私の部屋でくつろぎたいとの申し出。丁重にお断りした。 さて政界というところは何とも摩訶不思議なところですね。「郵政民営化法案に」退席・棄権した者で、あらかじめ用意されていた弁明書にサインすれば公認するといわれ、全員サインしたそうだ。特に古賀某元幹事長なる者は一体なんだ。節操がない。反対した議員の選挙区にマスコミ流に言う「刺客」が続々送りこまれているが、旧態依然いわゆるテレビ等で知られる有名人、官僚だ。政治家というのはそんなに魅力のあるものなのだろうか。
|
|
|
| 2005年8月16日(火) |
 |
昼ごろ、宮城沖を震源とする地震があり、震度6弱、東京でもかなりの揺れがあった。震度4とのこと。被害が少なく何よりだった。ただ交通機関がやはりストップした。新幹線は脱線もなかった。不幸中の幸いというよりは、技術力の勝利というべきか。連日のように事故を起こしている航空業界は爪の垢でも煎じたらいかが。
再開が遅れるのは線路等を目視で確認するのだから、止むを得ないと思う。
妻が心配して我が家に電話したが、通じたのは一時間後だったそうだ。この点、家族との連絡は今後の課題になるだろう。
しかし何時何処で起きても不思議でない地震国日本。特に東京で起きたらと思うと…。
|
|
|
| 2005年8月15日(月) |
 |
戦後60年、何かと話題が多い一日だった。マスメディアもこの日のために、色々と特集を組んでいた。
そういう中で、小泉首相の談話は一読に値する。「二度とわが国が戦争への道を歩んではならない」「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対し多大の損害と苦痛を与えました…先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表します」
そして日本武道館で行われた全国戦没者追悼式に参列、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に献花した。しかし今まで頑なに公約一点張りで、アジア諸国の反対を押し切って実行した靖国参拝は取りやめた。これはどういうことか。衆議院選挙対策としか思えないではないか。豪腕ぶりがかなり評価され、支持率が上がっているとのこと。いかにも彼らしいやり方だが、私には彼のいやらしさだけが目に付く。
|
|
|
| 2005年8月14日(日) |
 |
今年は義弟の新盆。妻はその為山口の実家へ行く。一週間向こうで過ごす。実母も90歳になり、病に臥している。長女で一人だけ故郷を離れているので、帰山するのを大変楽しみにしているようだ。
留守番役の私は、ここ一年料理作りからすっかり離れているので、どうも煮炊きをするのが億劫。外食が多い。ただ居酒屋は目をつぶって通りすぎる。今は減食中なので、カロリーの高いもの、アルコールは避けるようにしている。猫は猫で、もっとも頼りにしている妻がいないので、不安らしく私にやたらに擦り寄ってくる。私のベットしかも枕元で寝るのでおかげで寝にくて仕方がない。早く開放してくれ!
|
|
|
| 2005年8月13日(土) |
 |
今朝は、目覚ましをかけて置いた。妻が実家へ帰っているので、用心のためだ。というのも10時から東京アマチュア映像祭というのが開催され、知り合いの方のビデオ作品が上映されるからだ。知り合いの方たちを多数会場で見かけた。入選作品は夕方から行われるようだが、私は知人の作品を見るために出掛けたのだ。
ノンリニア編集中心の時代に、彼は頑固にリニア編集一辺倒だ。リニア編集は、かなり時間を掛けなければならないのに、いつも実に素晴らしい作品に仕上がっていて、敬服している。
さて午前中の上映作品を見て感じたことは、私の作品でも見るに耐えられるという自信が持てたことだ。
|
|
|
| 2005年8月12日(金) |
 |
520人の犠牲者を出した「御巣鷹の尾根」の日航ジャンボ機墜落事故からもう20年もたったのだ。私は当時埼玉県の北部に勤務していたが、マスコミの人々が取材のため熊谷、深谷あたりまで宿泊をし、騒然とした異常な雰囲気であったことを思い出した。
その時の戒めが20年たった現在、生かされているか?残念ながら航空機は整備不良で何らかの異状を起こしているし、また乗務している人は安全対策を真剣に考えているだろうか。
|
|
|
| 2005年8月11日(木) |
 |
2ヶ月ぶりに、私にとってはホームドクターである先生の診察を受ける。他の病院を紹介していただいた結果、これと言う大きな問題点がないことが分って、またお世話になることになった。診察室に新しい患者データーを記録する専用のパソコンがあった。まだ慣れていらっしゃらなくて四苦八苦して入力していた。
東京都は70歳以上の人は丸福制度がある。以前は65歳からであったが、財政難から経過措置で私は68歳の時、利用できるようになった。リタイアしてから2割負担、しばらくして3割負担となり、今回の制度で1割負担で急に医療費が安くなった。これからは、老人も税負担が多くなる一方だ。あまり老人いじめをしないで!
|
|
|
| 2005年8月10日(水) |
 |
妻の知人が三味線をやっている。プロと言ってもよい腕前だ。彼が属する会が、国立劇場の大劇場を会場として発表会が行われた。4時半から4時間第一部から第三部まで。三味線にはまったく無知であるが、第一部は地方唄、これは多分民謡だろう。かなり知られた民謡が、奏でられていた。第二部は端唄、これは何のことかさっぱり分らず、いろいろ調べてようやく理解できた。後日どういうものか記して見たいと思う。第三部は現代民族歌謡と題して、宗次郎がオカリナで二曲、金沢明子が謡った。要するに現代音楽、現代楽器と三味線の融合と言うところか。かなり意欲的というべきだろう。とにかく飽きなかったことは事実だ。
|
|
|
| 2005年8月9日(火) |
 |
今年は戦後60年ということでいろいろ議論がなされている。その中で広島の平和教育が風化していることが問題になっている。子供も教える教師も平和が大切であることは分っているが、教える側はどう取り組んでどう理解させるかが自信がない。子供も理屈の上ではよく理解できるが、具体的にどうしたらよいか分らない。ともに悩んでいるようだ。ましてや広島・長崎以外の子供たちは、ほとんどそのような教育は受けていないだろう。
ショックだったのはアメリカの教科書では原爆投下の正当性が教えられていること、人類に核がどう危険であるかまったく教えていないことだ。どこの国も自国に都合の良い教科書を作成し、教えていることが良く分った。
|
|
|
| 2005年8月8日(月) |
 |
日中、用事で外出していたため分らなかったが、衆議院が解散された。前日から予想されていたが郵政民営化法案がかなりの差で否決された。反対者は@郵政民営化そのものに反対A小泉首相の政局運営の手法に反対B青木会長に対する嫌悪感に分かれているようだ。
それにしても参議院で否決されて、衆議院を解散するとは、まことに奇妙である。
おかげで続男はつらいよは明日になってしまった。初期の作品は見ていないので期待していたのに。
これから政界再編成が始まるのか、見ものではある。
|
|
|
| 2005年8月7日(日) |
 |
猛暑、熱帯夜で寝不足。起床は、勤めていたら考えられない時刻。毎日朝・昼・晩と三回血圧を測定する。医師の測定だと150ぐらいになる。家では高くても140といったところ、朝と夜ではどちらが高いかと聞かれ、夜の方が高いと話した。朝は起きて薬を飲む前に上が120台、下が70台が多い。
さて35℃近くの日中を渋谷に出掛ける。前日に電話で確認してあったビデオ編集器のバージョンアップ製品を購入するためだ。この暑さでは他に寄る気にもなれず、真っ直ぐに帰宅。取説を間違えないよう熟読。UP完了。
さあ!作品を編集して皆さんに見ていただこう。
|
|
|
| 2005年8月6日(土) |
 |
今晩は板橋区荒川で花火大会、私も7,8年前に見たことがある。当日の午前中に一番良い場所を確保するため青いビニールを敷き詰める。二度ほど行ったが性に会わず止めた。
今年は板橋区も財政難か、本部近くは2,500円もする有料席となってしまった。
妻はかつて勤めていた会社のOB会の呼び掛けで、支店の屋上で見ることになって、私の姉とカメラ持参で出掛けた。
さて今年はとうとう音も聞こえなくなってしまった。昔は二階で花火も音も良く見え、聞こえたものだ。風情がだんだんなくなっていくようで、なんとなく寂しい。
|
|
|
| 2005年8月5日(金) |
 |
国会は何とももう困った事態になってきた。郵政民営化法案どころでなく、解散風で議員がまったく自分を見失ってしまっている。かつて「猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙に落ちればタダの人」といわれ、解散ともなれば目がそちらに向かうのはいたし方がない面もある。
小泉首相は「自民党をぶっ壊す」という目的を達成できる良い機会ではないか。そもそも郵政民営化を政策に掲げ首相になった彼には、郵便貯金等からの「財政等融資」という名の貸付が不良債権化しているのを断ち切るためであった。一方で、特定郵便局の存在が自民党の集票マシーンになっている弊害が顕在化している。この制度は、我々から見るとまったく理解に苦しむ。局長は国家公務員であり、かつ世襲化されている。許せない。
|
|
|
| 2005年8月4日(木) |
 |
テレビドラマ「菊次郎とさき」ちょと見ていたら、私が高校生時代の時代設定でテレビ騒動が本日のストーリーだ。あの当時、白黒のテレビと力道山がセットで、私も蕎麦屋でジュースを注文して、プロレスを観戦したものだ。店内は黒山の人だかりで、力道山の空手チョップに大いに湧いたものだ。
そのテレビが一般家庭に普及したのが、現天皇が皇太子の時の結婚式の中継が契機。我が家でもその当時テレビが設置された覚えがある。カラーテレビは東京オリンピック開催で一般家庭に導入され始めた。今後どう進化していくのであろうか。2011年には地上デジタルになるとか。
ビデオカメラも、ハイビジョンが話題になっていて普及機は20万円を割る。ただ編集が難点で興味があるが模様眺め。
|
|
|
| 2005年8月3日(水) |
 |
夜、池袋にある東京芸術劇場に五嶋龍の演奏会を聞きに行く。私は彼のことはまったく知らないが、若きホープとして知る人ぞ知る存在だそうだ。主催はフジテレビ。その収益金の一部は国連WFP協会に寄付されるとのこと。その協会がどんなことをするのか分らず、パンフレットをくくって見ると、世界で飢餓に苦しむ人々の食料援助をする組織だというこだそうだ。
さて彼はニューヨーク在住の高校生でバイオリニスト、彼と演奏する楽団はジュニア・フィルハーモニック・オーケストラといって彼と同世代の人々。ストラヴィンスキーのバイオリン協奏曲が奏でられた。若い人々の演奏だけに、音楽を知らぬ私にも、軽快でまた勇壮な曲目が目白押しで、好感が持てた。ただどちらかというと協奏曲はピアノのほうが私は好きだ。
|
|
|
| 2005年8月2日(火) |
|
 |
午後、先日約束していたケーブルテレビの工事が行われた。二時間近くかかって終了。確かに値段だけのことはある。アナログテレビの画質のきれいなこときれいなこと。我が家のテレビとは思えない。東京では高層ビルの林立で映りが良くない。この地域でも二年後には地上デジタルで見られるとのこと。その時はどう対処するのか、先のことは考えないことにした。
過日DVD録画で、BS放送は一回だけ許可するという方式に視聴者の不満が高まっているので、2〜3回程度までは可能にする方針だそうだ。私も大いに賛成。高画質で商売にされたらということらしいが、最近の民放のコマーシャルカットなかなか出来ない。理由はCMの中に本編の音楽が続いているのだ。いやったらっしいたらない。
|
|
|
| 2005年8月1日(月) |
 |
書道のレッスン。今日は暑中見舞いの提出日で、私は昨夜仕上げるつもりであったが、他の件で出来なかった。早朝に墨を磨って仕上げた。三年もたつと要領が分って、あまり苦痛ではない。妻も同様私以上に数日前から何十枚も書いていたが、先生に見てもらった所、行がだんだん右に傾いてしまっていると注意を受け、レッスン終了後自宅で書き直すことになった。私は切手を貼ってポストに投函しようとしたら、妻が一緒に出さなければいやだということで、一日待つことにした。つまらない優越感にひたる。
|
|
|