ぼんくら日記

   2005年

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2005年度・2006年度・2007年度

7月

2005年7月31日(日)

 7月も終わり。昨年同様異常気象だったと思う。空梅雨のようでもあり、地域によっては急に土砂降りの雨が何日も続く。梅雨明けも例年より数日早かったようだ。これから毎日うだるような猛暑が続くことだろう。
 ところで環境省はCo2削減のため、エアコンの温度設定を28度にするため、「クール ビス」というノーネクタイ、ノー上着の運動を提案している。さっそく政府関係者・役人は、これを実施して自画自賛しているが、我々リタイヤしている者のほうがとっくの昔に実施しているぞ!テレビで見ていると何ともだらしなく見えてしまう。陳情する者・取材する記者は正装。何ともちぐはぐなことこの上ない。
 確かにこれが定着すればCo2削減に大きな効果がある。だが実際に28度の室内に仕事をする人々が居られると本気で思っているのでしょうか。

2005年7月30日(土)

東京の地下鉄も、現在東京メトロが工事している13号線、
池袋〜渋谷間、これが恐らく最後の地下鉄だと言われている。理由は路線網が整備されたことに加えて、既存の地下鉄の下になるため、地上に出るのに相当な時間がかかるため。
 大江戸線は都営であるが経費を浮かせるためトンネルが小ぶりであり、したがって車体も一回り小さい。車内の広告つりを見れば一目瞭然。本来は新宿で折り返しではなく、環状線になるはずであったがそうならなかった。通勤には便利な路線であるが、人気が今一歩。
 しかし私には三田線・大江戸線でいきたい所はほぼ行けるので大助かりである。

2005年7月29日(金)

 我が家は都営三田線の駅から数分の所にあり、しかも大江戸線に接続してからは、大変便利になった。ただ我が夫婦には大きな問題がある。三田線のこの駅は、石神井川の下を通過しなければならないのでかなり深く、しかも上りは階段のみ。下りは数年前にやっとエスかレターが上昇のみ設置された。しかし膝を痛めてる人には降りる時の方が苦痛である。
 ここ数年の陳情の成果で上り方面にエレベーターの工事が始まり、来年の7月に稼動するとのこと。ありがとう。

2005年7月28日(木)

 久しぶりにHPにビデオ作品をUP。数ヶ月ほど、ビデオ作品に触れていなかったので、かなり忘れてしまい思い出しながらのUP。考えてみると、私がビデオを趣味にしたのが7年ほど前。それから数年後、自分の作品を公開する機会がスチールと違って少ないことが、HPを立ち上げることだった。
 パソコンそのものは操作できるがHPを作る方法が分らず、指導者に教わる。HPソフトによってもビデオ作品を扱えるが、編集が満足できず、しかも一分未満。その後AVIファイルをWNVファイルにエンコーダーをかいして行えることがわかった。ただその当時3分の上映に5メガにもなり、HPにかかる使用料がバカにならず難点であったが、その後300メガで年6,300円で済むプロバイダーがあることが分り、今は満足している。

2005年7月27日(水)

 後輩でもあり職場で同僚であったKが亡くなって一年以上がたつ。亡くなったことを友人から連絡をうけ、これからお悔やみに行くという言葉を、私はすぐには出られないといったことが、通夜も葬儀も行かないと誤解された。彼とお別れが出来なかった。
 彼は10数年前、すごい頭痛がすると言い、我々が早く大病院で診察を受けるよう勧めた結果、喉頭がんの末期で手術できないし、職業柄声が出ないのは困るでしょうと、放射線と抗がん剤の治療に専念することになり年に3、4回入院を繰り返していた。
 最後の電話では、耳が聞こえなくなり、杖をついての歩行だといっていた。
 今夏、どうしても仏前でお焼香をしたいので日程をくんでくれるよう、友人にお願いをした。奥様から彼は好きな長旅に出ていると思うことにしたというお手紙をいただいていたし、彼に最後のお別れが出来なかったことを、心から詫びたいと思う。

2005年7月26日(火)

 いつだったかA級戦犯東条英機の孫である人がコメントしていたのを聞いたことがある。祖父は家庭を大事にする人であったこと、戦後彼の親族であることが分ると、世間からひどい嫌がらせを受け、落ち着いた日々がなかったこと。それを聞いて私は同情を禁じえなかった。また極東国際軍事裁判は勝者が敗者を一方的に裁く裁判である。しかも彼には天皇を犯罪者にしないため、自らが全ての責任を負ったという一面もある。
 しかし、私は「昭和と戦争」を見て、彼が軍部代表の責任者として日本国民を犠牲にしたことが良く分り、彼および軍部を決して許してはいけないと思った。敗戦前に彼は総理を辞しているが、これは責任放棄といわざる得ず、結局原爆投下を許し、非戦闘員を何十万と犠牲にしてしまっているではないか。これは万死に値する。
 また最近中国をはじめ近隣諸国の怒りは、しつこ過ぎると思っていたが、この映像を見るとわが国の責任は重いと感じた

2005年7月25日(月)

 書道のレッスン、今練習しているのは暑中見舞い。本文の練習は終わって宛名のお勉強中。いつまでに郵送すればいいのか聞いたところ、8月7日必着であるが、この蒸し暑さではその前に送付した方が良いでしょうとのこと。8月1日のレッスン日には出しましょうということになり、それまでに何枚も書き、先生が選んだものを郵送する。これはエライコッチャ!その為かなんだか疲れて、昼食後眠く寝ることにする。私は、健康には良いと聞いているが、こんなことは初めて。目が覚めたのが夕食を知らせる声であった。
 申し込んであった「昭和と戦争」が届いていた。私の生きた時代がどういう時代か、映像で知りたいと思い購入したものだ。明日から見ることにする。

2005年7月24日(日)

 今日は午前中からてんやわんやだった。購入したDVDの設置とパソコンの移動で、業者が都合が良いとのことでお願いした。業者も今はかき入れ時で、クーラーの工事で日程がなかなか取れないとの由。今日我が家のために日程を確保したとのこと。簡単に終わると思ったら、BSが前々からあるテレビで途中一瞬停止状態になる。理由は分配、分配で機能が落ちてしまったこと。アンテナの位置の所に泰山木の葉が邪魔していること。これらはアンテナの位置を替えること、増幅器を取り付けることで解決した。それと地上波のゴーストがひどく、共同アンテナであるがサンシャインビルが影響しているらしい。ケーブルテレビに加入すれば解決するらしい。考慮中。

2005年7月23日(土)

 夕方、地震があった。東京はいつ大地震があってもおかしくないと言われ、シュミレーションでは関東大地震規模で約1万5千名の死者が出るといわれているが、本当に今日の地震には驚いた。テレビでは足立区が震度5強、23区が震度5弱とのこと。揺れをあちこち見ていたが小型の液晶テレビ、本立てなどがかなり動いていた。
 我が家は数年前耐震検査を受け、建築基準法の改正で弱い部分を補強工事をしたので安心しているが…。それと20年前の東北の地震でブロック塀の倒壊があり、それを受けて区より注意を受けそれも補強工事をしてあるが、大丈夫かな?

2005年7月22日(金)

 先日妻に注意したこと。顔から首、腕全て日焼けして真っ黒なのだ。写真を撮るからそうなったと考えられるが、今までも何一つ日焼けを防ぐなんという努力をしているのを見たことがない。有り体に言えば女性らしさが感じられないのだ。
 そこで私が彼女に言った言葉「日焼けで真っ黒なのはどうでもいいが、普通の女性は日焼け止めクリームをぬったり、帽子をかぶったり、日傘を差したりするんじゃないのか、少しは女らしい行動をしたらどうだ」今日彼女が言った言葉「帽子、腕カバー買った。安かったから日傘も買った」さあ、それではそれらを身に着けて、日焼け防止に努められるだろうか。
 見ものではある。

2005年7月21日(木)

 午後からビデオクラブの鑑賞会。指導は元NHKディレクターであった人。前回の撮影会では、5名しか参加していなかったので、幹事としては気が気でなかった。しかしそれは杞憂でしかなかった。会員の三分の二の人が来てくれた。上野撮影会の人が全員課題作品を提出。私の場合、かなりブッツケ本番の編集だったが、先生の講評はわが意を得た思いであった。BGMは有名なクラシックを使うと大体失敗するが、画面とマッチしていて違和感がなかったこと。画面がかっては寛永寺の根本中堂があったことをナレーションで説明し、そのあと彰義隊の戦闘場面にしたことが良かった。最後の西郷像と彰義隊の墓の絡み、題名の「上野歴史散策」に合っていたこと。これからもガンバッテ作品作りに励むぞ!

2005年7月20日(水)

 午前中ピアノのレッスン。「黒い瞳」両手を使って弾くのが課題であったが、うまくいかない。ともかく毎日繰り返し繰り返し練習をしなさい、がんばりましょうと言われる。本当に毎日ピアノに向かおう。
 午後より、明日のビデオクラブの鑑賞会の打ち合わせ。S氏宅にて会計の確認。お互いに素人でなかなか金額と計算書が一致しない。小一時間かかってようやく理解でき納得。
 明日の課題は上野界隈であるが、3〜5分に編集しなければならない。今日どんなことがあっても完成させなければならない。しんどいなぁ!

2005年7月19日(火)

 妻が温泉に行っていて一人。夕べは、我が家の猫と添い寝。朝、小さな坪庭に目を見やると、植木鉢の草花がぐったりとなっていた。あわてて水遣りをする。
 久しぶりに料理をする。すっかり勘がなくなり戸惑うことしきり。朝昼晩何とかやり遂げる。改めて主婦の仕事の大変さを理解する。そういえば一年ほど前までは、私が主夫で、晩の献立に四苦八苦していたのを思い出した。今は楽をしているが、妻が嫌いなものは私が好きということで、私が食べたいものが、なかなか食卓に上らないのには閉口する。

2005年7月18日(月)

 「あるピアニストの奇跡」というタイトルの、フジコ・ヘミングのDVDを購入した。映像と音声でフジコの弾く14曲が収録されていた。実は昨日の夜、サントリーホールで行われた彼女のコンサートに行ったのだ。
 ブタペストコンサートオーケストラによるピアノ協奏曲、ベートーベンの「皇帝」とピアノ独奏「ラ・カンパネラ」と「ハンガリー狂詩曲」。二階席で、少し遠かったが、生演奏はやはり迫力があって素晴らしかった。その興奮さめやらぬ衝動買いというわけ。
 数日前、知床半島が世界遺産に認定されたのを知り、かつて「知床旅情」を年末にライブで何回か行った加藤登紀子のコンサートをぜひ聴きたくなった。

2005年7月17日(日)

 12時よりいとこのご主人の三回忌。浅草の雷門近くのレストランで行う。任ではないが献杯を依頼された。そこで私が一言話したこと。
 最近あっという間に一年が過ぎてしまうという思いが強いが、考えてみれば職場にいた当時でもそれは同じだった。しかしそこには余裕があった。現在はあと何年生きられるかという余命の少なさからの焦りからではないのか。そう考えると、生きがいが感じられるか否かの違いではないのか。
 それから遺族の方には申し訳ないが、ご主人のように病床に臥すこともなく、自身も苦しまず死に至ることが出来たこと。そういう死が私の願いであるということを話した。三回忌の席にふさわしくなかったかな。ご容赦ください。

2005年7月16日(土)

  ここ連日アスベストによる健康被害が報道されている。WHOを中心とした国際機関が1972年アスベストの発がん性を確認してから、日本が使用禁止したのが、23年後の1995年。行政が世界の流れの中で対処が遅れたのはどう考えても例の官民癒着以外のなにものでもない。
 1992年議員立法で石綿製品の製造などを禁止する法案が提出されたが、業界と自民党の反対で一度も審議されず、廃案となった。
 アスベストの発症は30〜40年後、関わった本人以外に家族、付近にいる人々までに及んでいる。私の友人にもその関係者がいるが心配なことだ。

2005年7月15日(金)

 私が使用しているビデオ編集器のSEが話題になっている。実はそのグレードアップがどのようなものかというセミナーがあって参加した。知り合いがほとんどだった。20日に発売されるが、注文が殺到しているので、早く使用したい人は、予約をお勧めするとのこと。
 本当かな?こういうのは結構バグがあって、CDで修正版が出るのが多い。購入するつもりだが、様子を見よう。
 さて最近HPのビデオUPしていないので、近いうちに編集をしてと考えていたのだが、UP法を忘れかけている状態。そこへ、ビデオクラブの会長さんから次回(8月)にHPにビデオをUPしているが、UP方法、諸々の注意点など興味を持っている人が多いので、話をしてくれないかと言われ、気軽にいいですよと返答してしまったが、よくよく考えたら自信ないなぁ!

2005年7月14日(木)

 案の定、夕食は鮨。いつも行く近所の都鮨。二ヶ月程訪れていないので店主もびっくりしていた。私の話を聞いて、お酒はどうしますかといわれたが、ここに来た以上飲まずには居られない。いつものように貝を中心としたつまみを食べ、すっかりいい気分で帰宅。
 やたらに眠く、テレビをつけたまま寝てしまった。午前4時に目覚め、録画していたドラマを見る。最近購入した液晶テレビさすがきれいに映るが色がはっきりし過ぎて、なんとなくドギツク感じられる。深酒、反省。

2005年7月13日(水)

 昨日、妻に散歩に行くかと声をかけたところ、どういう風の吹きまわしか、応じてきた。私自身のことも考え、約50分歩いたことだった。ところが、今日は妻の方から行かないかと聞いてきたので驚いたが素直に応じたことだった。
 今日は東京はお盆の入りで、妻の好きなおはぎが仏壇に飾ってあった。おそらく送り火の日には亡き父母をダシにして鮨を食べることになるであろう。
 この間の新聞によるとNHKの韓国ドラマ「チャングムの誓い」が「冬のソナタ」を凌駕するほどの視聴率だそうだ。担当者の分析だと、例のオバチャン連中に加えて歴史物ということで、男性がかなり見ているそうだ。かくいう私もその一人であるが、先日第37話の録画に失敗して、誰か録画した人はいないか探しているが、こういうときに限って居ないのだ。やっと手に入れて、コピーをしたが操作が面倒で、第37・38話とDVDにするのに四苦八苦した。我ながら、つまらないことにこだわってしまう性格がいやになる。

2005年7月12日(火)

 BS放送のドラマをRWコピーワンスした作品を他の会社のDVDレコーダーで見ていたとき、メニューでタイトルが思うように画面に出てこないので、あれこれ動かしているうち、何もないことに気付いた。
 考えてみたらRWなので知らないうちに初期化してしまったのだ。残しておくほどの貴重な作品でないので、良い勉強になった。
 夜、N響のコンサートに誘われていたので、渋谷のオーチャードホールで鑑賞する。最近は私もちょくちょく演奏会に行くようになったが、生演奏はやはり違う。こうして元のように行動しても気分がおかしくならなくなったのは嬉しい。

2005年7月11日(月)

 午後頸部エコー検査を受ける。頸部動脈の血管内が1ミリ以内の固まりは受容範囲。私の場合、1ミリと1・8ミリとがあったが、前回と同様年齢相当で心配しなくともよいとのこと。血圧がやはり高いので、14日分の薬を用いて様子を見ることになる。これで全ての検査は終了となる。
 夜連絡があり、ピアノの先生の都合により明日の稽古は中止。右手も使ってのロシア民謡「黒い瞳」を弾くことになっていたが、まだ十分でなかったので大助かり。

2005年7月10日(日)

 ビデオの指導をして下さる先生から、メールが入っていた。ビデオのことではなく、先生が現在思っていらっしゃることが記されていた。多分JR福知山線の惨事から思いを馳せられたのだと思う。日勤教育という名の労働者「いじめ」について、私も一言あったが、その当時私自身の思いもよらない体調不良で、静かにしていなければならない状態だったので…。
 私の若い時代だったらこんなことは労働組合が世間が許さなかっただろう。時代は、若者によってよくも悪くもなるものだが、70年安保の全学連の暴走によって、こんな生きがいのない時代になってしまったと思う。私自身かつて堕落した労働組合幹部から職場を追い出された身。
 先生の思い「人として生きる権利を伸ばし、労働者としてまともに働く環境を拡大すること」まったく同感です。

2005年7月9日(土)

 朝食後、散歩をした。旧道から石神井川沿いを約1時間。万歩計は7000歩くらい。本当に久しぶり。うっすらと汗をかいてご帰宅。今まで気にしていなかったが、川沿いには結構モニュメントがある。また俳句結社による俳句が数箇所にあった。
 そういえば友人が、もう一人の友人とはがきで俳句の交換をしていることを思い出した。一人はまったくの素人であるが、飲みながら次々と詠むのには驚いた。しかし連れのもう一人が季語がないじゃないかとか、
川柳と俳句の違いは何かと話題を提供して、私も大いに興味がわいてきた。俳句にも手を染めてみたいという誘惑に取り付かれそうになったが、考慮中。

2005年7月8日(金)

 気力が大分戻ったが、来週には最後の検査、頸部エコーがある。今までの数種類の検査では、これといった異常はなかった。問題は肥満が主たる原因で、その解決がやはり一番のようだ。
 ある雑誌によると、脳卒中になる人の39%が正常血圧値、48%が降圧剤服用している人だそうだ。現在WHOが定めている血圧の正常値は上が140以下、下が90以下であるが、脳卒中や心疾患の予防を考えた場合、上は120以下、下は80以下が良いと変わったようだ。私は数日前150であったので、3度目になるが薬を変えた。今日、上が126〜116、下が74〜68で下がり過ぎと心配していたが少しは安心した。

2005年7月7日(木)

 ビデオクラブの撮影会。撮影場所は上野界隈。梅雨の時期のせいで体調をくずす人多く、参加者5名。JR上野駅公園口で解散。それぞれ自分の好みの場所へ。ある人は動物園へ。象が狂ったように鳴きながら走り回っていたそうだ。鑑賞会が楽しみ。私は寛永寺、その当時の参道であった噴水池、上野大仏とパゴダ、芭蕉が詠んだ「花の雲鐘は上野か浅草か」の時の鐘、上野東照宮、西郷銅像、彰義隊墓でタイムアップ。幹事として失敗、時間が足らなかった。次回から最低2時間は取ろう。不忍池の蓮の花が撮れなかったのは残念。しかし何とか江戸から明治へと変貌する姿をテーマとすることが出来るかな?

2005年7月6日(水)
 勝手で何やら音がするので、目が覚めた。あゝそうか、妻が写真撮影に行くのだと気が付いた。神代植物公園だそうだ。天候はと、外を見やると雨が降っている。中止では?問うと実施するそうだ。我々のビデオクラブは小雨決行だが、ビデオは雨の時は撮影が困難で大方中止せざるを得ない。彼女は箱根で転んで膝を痛めて階段の下りはかなりつらいようだ。見ていて痛々しいがそれを口にすると嫌がるので、最近は黙っている。とにかくご苦労さん!
2005年7月5日(火)

 妻が所属している写真クラブの発表会が開かれていて、義理で出掛けた。あまり期待していなかったが彼女を見直した。今まで金食い虫のように写真に金を使いまくっていて、多少バカにしていたが他の作品と比べても遜色ない。
 今回の作品展は風景を素材にしたものが多かった。富士山だけを撮っている人もいるようだし、水面を巧みに抽象的に表現している人もいた。動画には動画の良さもあるが、スチールも一瞬をどう表現するかということが分って、私もスチールに引き寄せられる思いがしたことだ。 

2005年7月4日(月)

 午後に予約してある心臓のエコーをした。結果はほぼ正常で、年相応の状態であるとのこと。その後24時間心電図を装着。SDメモリーを使用しているので重さを感じない。医学の進歩はすごいと思った。ただ記録を取らなければならないのにはまいった。テレビを見ていることも記録しなければいけないのかと聞いたところ看護師さんからエッチのものでなければ記録しなくてもいいですよといわれ大笑いをしたことだ。

2005年7月3日(日)

 都議会議員選挙の投票日。5時ごろ投票に行く。その時点で投票率が低い。案の定、発表された数字は43.99%。国政選挙でも最近は似たり寄ったりで、国民は政治に対して熱意を失ってしまっているのではないか。官僚の腐りきった行動、行政の行き当たりばったりの計画指導、それがそのまま政治に反映している。これはもう昭和20年の時のように、一度日本を崩壊させ、新生日本に創り直さなければならないのではなかろうか。悲しいけれども。

2005年7月2日(土)

 一ヶ月程、HPを更新しなかったので、思い出しながらどうにかこうにか仕上げることが出来た。近い内にはビデオをHPに載せたいと思っているがビデオ編集がまた大変。がんばってやるしかないか?
 かっての職場の先輩から手紙をいただき、私があまりにも太っていることにびっくり。肥満は万病の元であるから、早く肥満を解消して、また昔話に花を咲かせましょうとあった。ご心配いただき心から感謝するのみ。

2005年7月1日(金)

 血圧が高いことで減量中の私、3キロ位は減って今は74キロ〜75キロ台いったりきたりの繰り返し。医者は私の場合、65キロが標準だが70キロ位にはと言われている。飲酒は1ヶ月前からなし。
 しかし今日、焼酎の水割りを一杯飲んだ。うれしいことがあったから。
 3ヶ月前ヘルカルCTで影があり、再検査を6月29日に行った。結果は影が消えていてがんではないと言われたことだ。しかし風邪の後で、軽い肺炎状態だったと思われるとのこと。年を取るとこんな風邪でも死に結び付くことを知る。中学の同級生が二年前肺炎で亡くなっているから…。