ぼんくら日記

   2005年

4月 7月 8月 9月
10月 11月 12月
2005年度・2006年度・2007年度


11月

2005年11月30日(水)


我が家の楓

 明日は練馬ビデオの撮影会。今回は恵比寿界隈を撮影する。考えてみると、幹事として間違っていたかも。というのは前回はお台場の夜景だった。時期的には12月の夜景のほうがよかったかも。しかしビデオで夜景は非常に難しいことも分った。今回私がワクワクしていることがある。というのも実はパソコンを購入済みであるが、ハイビジョンビデオカメラも購入済みで明日始めて使用するのだ。どんなきれいな撮影が出来るのか、非常に楽しみだ。先日小学生が殺され、ダンボールに入れられていた事件犯人が逮捕された。今回は朝日TVが目星をつけていた人物のようで、逮捕前のインタビュウーを報道していた。お手柄、お手柄。

2005年11月29日(火)


東京国立博物館

 東京国立博物館にて「北斎展」が開催されている。12月4日まで。そのせいか大変な人ごみ。Oさんとご一緒、彼から券をいただいた。入場規制があって20分待ち。後から後から人が湧いてくる感じだ。世界各国から収集された作品が期間中延べ495作品が展示された。木版刷りの初刷りと後刷りが比較展示されていたがこんなに違うとは思っても見なかった。別のものかと思うほど。初刷りは200枚という。木版刷りの色の素晴らしさ、うなってしまう。錦絵とはよく言ったものだ。北斎は幕末の人で、したがってかなり作品が海外に流出している。肉筆画は特にそのようだ。当時としては江戸っ子そのものが浮世絵を芸術品と思っていなかったのだから仕方がないか。

2005年11月28日(月)


夜の街角から

 旅行社から振込みの要請があった。申込金として。前もそうだったが機械で振り込むと送金料が安くなるので銀行員はそれを勧める。しかし自信がないので控えの行員を呼んでやってもらっている。今回もそうしようと思っていたら、妻がそんなこと難しいことではないからやってあげるというので任せた。その間私は銀行の外で待っていた。出てきた妻がプリプリ怒っている。訳を聞くと控えの行員が二度もやってきておできになりますか、代行してあげましょうかといったとのこと。私はそんなボケではいない、人を見てものを言えとまくし立てている。やってもらった関係からそうだそうだといったが、おかしかった。

2005年11月27日(日)


夜の街角から

 今問題になっている耐震偽造の件社会問題になっている。それはそうだ、震度5で倒壊の恐れありとか重い家具で倒壊もとかまったく考えられない事態になっている。それに関連した人物が自殺を起こしている。また関係企業人物がお互いに責任を押付けあっている。その中で建築主のヒューザー社長がTVに出まくっている。何を勘違いしているのか自分を「オジャマモン」とでも呼んでとマイクに向かってほざいている。一番怪しいと思わざるを得ない。発言がころころ変わっている。議員を介して、国交省の課長補佐と話をしたようだ。どうも行政にも見抜けなかった責任があると言ったようだが、盗人猛々しいとはこのことだ。

2005年11月26日(土)


小石川後楽園
 ビデオ仲間のSさんから電話があり、「木曜日にハイビジョンビデオカメラ欲しいと言っているのは承知しているが、もし本当なら長男がハイビジョンビデオが編集できるパソコンとソフト、安価で購入できるようだと言っているがどうする…」直ぐ彼の家に出掛けた。それが9時過ぎ。ご長男とお話をして、それではということでお願いした。考えてみるとまだビデオカメラ購入もしていない。せっかちな私ではある。近日中に、量販店に行って買ってくるぞ!
2005年11月25日(金)
小石川後楽園

 ビデオ編集セミナーに出席。知り合いが5人いた。今度、催行されるどうかか分らないが、トルコ・ギリシャの旅行に同行してくれるTさんもいた。セミナー終了後一杯飲んだが、彼は今話題のハイビジョンビデオカメラを使用している。この前触らせてもらったが軽い。編集が、私の持っているものでは、結局はアナログになってしまうが、それでも画質がいいようなので、旅行に間に合わせて購入しようと思っている。そう思うと、もう矢も盾もたまらず一途に突っ走ってしまいそうだ。

2005年11月24日(木)


外苑銀杏並木

 妻は写真クラブの撮影会で昨日から奈良に行っている。私は昨日に続き、外苑の銀杏並木に出掛けてみた。駅を降りるとすごい人ごみ。小石川後楽園がいまいちだったので、銀杏はもう十分紅葉してしているのだなと思って、人の流れに沿って行って並木を見てがっかりした。一部の木だけが紅葉しているだけではないか。それにしても太鼓の音はしているし、人は多いし何事と近づいて見ると、なんとイチョウ祭開催中。地元の主催者も苦渋の選択だったのではないか。同情する。今年は何処へ行っても二週間ほど遅れている。妻の奈良はどうだろう。昨年の私の京都の時はとてもよく色づいて感激したので、せっかく出掛けたのだからいい紅葉が見られるといいが…。

2005年11月23日(水)


外苑銀杏並木

 勤労感謝の日。我々は戦後の日本繁栄のため、精一杯働いてきた。老後はその労に相応しい、楽しい余生を送ることが出来ると信じて生きてきた。我々の世代はまだいい、しかしこれから団塊の世代が続々と退職をする。そこに待ち受けているのは、増税を始め医療費の増加負担、楽しいどころかどう生きていていけばいいのか考え込んでしまう。麻生某なる大臣は一体何を考えているのか。老人の富裕層はほんの一握りなのだ。庶民の苦しみなんか何も分っていないのではないか。将来の日本をゆだねる人物とはとても思えない。

2005年11月22日(火)
小石川後楽園

 お天気がよかったので、小石川後楽園に行った。飯田橋からすぐそばに入場門がある。私は水道橋から行ったので本来の正門からと思ったら、閉鎖でかなり大回りしてしまった。ここは、水戸藩の上屋敷の庭園で、光圀によって完成されたものだ。現在でも広大な庭園だ。その当時だったらさぞかし素晴らしいものだったろう。周りが高いビルが林立していて、風情を壊すことおびただしい。川面に東京ドームの影が映ったりとビデオ撮影も一苦労。今年は紅葉が遅れていて、12月中旬だろうという。例年だと12月初旬が一番見ごろなのだという。もう一度行こうと思う。

2005年11月21日(月)


二本松の菊人形

 習字のお勉強。この頃は妻も一緒。出掛ける前妻がもたもたしているので先に家を出る。教室に到着したら、遅く家を出た妻がいるではないか。タクシーで来たという。少しむかついたが、まぁ許すことにした。帰り昼食の具材を求めて近所のスーパーに二人で立ち寄る。昨日何処に置いたか分らないショッピングカー、私はなんとなくここにあるのではないかと思っていたのだが、やはり入り口の隅に鎮座ましましていらしゃった。私は鬼の首を取ったようにはしゃいでしまったことだ。だが、その夜のテレビで勘九郎出演の45年後の桃太郎の姿、私そのものと敵を取られてしまった。

2005年11月20日(日)


二本松菊展より

 妻、平林寺に写真撮影。10時集合とのことで私に声をかけて出掛ける。玄関が広く感じ、よく見るとショッピングカーがない。機材が重いので持って行ったのかと思っていた。帰ってきて、食事も終わり夜かなり経ってから、ここにあったショッピングカーどこへ持っていったのという。何もしていない、自分で持って出掛けたのではないかと問うと、持って行かないという。結局分ったことは、前日買い物に行ってどこかに忘れてきたこと。どこかまったく分らない。いつも人のことを忘れっぽいと言っているお方がこのざま!心の底から笑ってやった。

2005年11月19日(土)


福島にて

 トルコ・アテネの旅行の件、さっそく問い合わせしたところ今日現在4名の申し込みとのこと、最少催行は30名。これでは望みは叶わないかも。
 最近鳥インフルエンザがヨーロッパにも発生したことから、急に世界中が騒がしくなった。人から人に感染するようになれば、幼児や老人が真っ先に犠牲になるだろう。その治療薬として奪い合いになっているタミフルが、すでに日本で使用されていることがわかり、子どもが副作用で死亡している可能性が指摘されている。しかもこの薬、世界での使用量の70%を日本が占めているという。初めて知った。厚生労働省は事実関係をきちんと掌握して欲しいものだ。

2005年11月18日(金)


河口湖の富士

 夕方、Tさんと巣鴨で会食。このところ外国旅行すっかりご無沙汰しているが、この間送られてきたパンフレットの中にトルコ・アテネの旅の案内があった。Tさんとは白神山地をご一緒して、気心が知れているのでどうですかとお誘いをした。賛意があったので、日程の調整を兼ねて話し合った。1月中旬に決めたが、催行されるかどうかはあるが気分はルンルン。15日間とチョット長め。私にとって行きたい国の一つ。BSiで見た「東ローマ帝国」に誘発されたのだ。明日旅行社に電話しよう!

2005年11月17日(木)


二本松の菊展より

 徹夜して出来上がったビデオ作品、鑑賞会に持参した。題名を「忍野八海と初秋の富士」とした内容。忍野の朝靄の状景と富士、そしてまた忍野の風景。その後違う個所からの富士とあっちにいったりこっちにいったりと、落ち着かないという意見があり、大変参考になった。
 ロシアのプーチン大統領との首脳会談、北方四島の問題最初に結論ありでは何のための会議か!あまつさえ麻生外相の共同開発を提案、狡猾なロシアを利するばかりではないか?信用の出来ないロシアとは真剣な話し合いは無駄だと思う。

2005年11月16日(水)


子ども動物園フラミンゴ

 ピアノのレッスン、だんだん難しくなってきた。先生に到底無理だと言ったところ、一 にも練習、二にも練習、そうすれば必ず弾けるようになりますと言われ、それを励みにやってみるか!
 明日は練馬ビデオの鑑賞会。この前の課題「夜景お台場」どうも素材がいまいち。どう足掻いても作品として無理。自由作に決め、前に撮影した忍野八海をテーマにして「忍野八海と初秋の富士」3分ほどに編集してみた。何とか大丈夫だろう。しかし徹夜になってしまった。久しぶりだが、眠くて眠くて仕方ない。

2005年11月15日(火)


二本松城の菊人形

 今日は朝から夜まで一日中、紀宮さまの結婚式で持ちきりだった。皇室から一般人になるとはいえ、いろいろな行事が執り行われご苦労だったと思う。私はそのうちの皇室を離れることを神前に告げる儀式の十二単のお姿が、非常に似合っておられ印象に残った。
 知人に胃の調子がおかしいので、検査をしたいがいいお医者さんを知っているかと聞かれ、私のホームドクターを紹介した。正直な人で、前に内視鏡で喉を痛めたことがあり、先生は大丈夫でしょうねと念を押したようだ。へたくそと言われないよう一生懸命やりますと言ったそうだ。先生心の中では苦笑いしていただろう。

2005年11月14日(月)


蛇の鼻遊楽園

 旅行二日目朝から小雨、ホテルを出てから5分も経たないうちに時間調整なのか南東北うまいものちょっぴり市場に2時間も放り出される。同乗者大いに怒る。小原渓谷に着く。狭い渓谷道を往復一時間で鑑賞する。雨がだんだん大降りになる。二本松の菊人形それなりによかったが、なにせ雨中。ビデオどころではない。義経の菊人形結構見せる。最後に蛇の鼻遊楽園の紅葉を鑑賞。夕闇に包まれはじめ帰るころはライトアップされた。後は一途帰途につく。意外と早く上野に着く。今回の旅いいようなちょっと複雑。

2005年11月13日(日)


花貫渓谷つり橋

 6時起床。上野よりツアー出発。常磐道をひた走りに走る。茨城景観百選2位になっている花貫渓谷で紅葉狩り。大型バスが交差できる道ではないので、往復大渋滞。大幅に時間かかる。今年はどうも紅葉がまちまちで、この場所も、いまいち。途中野ウサギがいたが人がいても動じない。この後花園神社に行くが紅葉関係なし。ただ七五三で着物姿の子供がかわいかった。最後に国指定天然記念物になっている中釜戸のシダレモミジを鑑賞したが、紅葉まったくなし。ただ枝ぶりは立派。田園風景懐かしかった。山形蔵王に宿泊、乳白色の温泉は疲れを癒してくれた。

2005年11月12日(土)

矢鴨モニュメント

 日記に取り込む写真に苦労している。久しぶりにコンパクトデジカメをぶら下げて、石神井川を歩いた。結構被写体があるもんだ。モニュメントの一つに鴨の飛翔するものがあった。かなり前に矢鴨事件があり、幸い上野の忍池で保護され無事シベリアに旅立ったことがあった。心ない人のために尊い命を奪われそうになったことを忘れないようにと製作されたものらしい。
 さて、私は明日早朝また秋の紅葉を愛でるため一泊のバス旅行に出掛けます。またタメ日記になります。
写真クリックしてみて!

2005年11月11日(金)


酉の市にて

 私が大学入学後1年経って、いわゆる赤線の灯が消えた。前年売春防止法が国会で成立したからだ。その際、赤線業者から金銭を受け取りその成立を阻止しようとした議員がいた。売春汚職といわれ、最も唾棄すべき犯罪と糾弾された。
 今回、酒政連疑惑といわれる事件が発覚。自民党4人の議員と三つの派閥に多額の現金がばら撒かれた。日本医師会の汚職事件も含めて、これに関与した議員は恥を知れ!

2005年11月10日(木)


たわわに実った柿

 今日気がついたら、何とも悔しい。「ぼんくら日記」の9月、削除してしまったのだ。何たる不覚。かえすがえすも残念。気落ちして書く気がおきない。
 ところで昨日行った浅草の鷲神社、これでおおとりと読むようだがここだけなのだろうか。他は大鳥と書くようだ。聞いたところによると、商売繁盛とかで飲み屋とかきれいどころの購入が多いとか。またまけさせても、その分ご祝儀とするようだ。そんなところが江戸っ子気質というのだろう。あの手拍子よかったなー。

2005年11月9日(水)


酉の市風景

 ピアノのレッスン中、Nさんから電話があり今日は酉の市だから出掛けませんかと誘いがあった。こんないい天気に家に閉じこもっているのはダメですよと言われ、浅草の鷲神社に行くことになった。ちょっと不便で雷門から徒歩だと40分かかると交番のおまわりさんが言う。バスでまた10分乗り、目的の神社に到着。
 初めて酉の市を見たが絢爛豪華。買うとシャンシャンと手拍子。買い手、売り手両方うれしそう。昔からの習慣だそうだ。熊手、お多福面が所狭しと飾られ大きいのは2、30万もするという。縁起物なので結構売れてるようだ。そういえば歌舞伎役者、落語家の名前が張られ売約済みとなっていた。

2005年11月8日(火)


パンフレット

 11月ももう8日になった。月日が経つ早さよ!なんとなく焦ってしまう。夜、昭和女子大学人見記念講堂で行われたコンサートに行く。この場所は初めて。こんなところにあったのだ。今日のコンサートはTV朝日の「題名のない音楽会21」のチャリティガラコンサート。来年の1月8日・15日放映される。だから背景の装飾キンキラキン。途中紹介されたが、假室崎省吾の作品。本人も挨拶したがよく見たらTVでよく見る顔。チャリティなので出演者は豪華メンバー。ソプラノのアンジェラ・ゲオルギュー、メゾソプラノのキャサリン・ジェンキンス、ピアノのマキシム、ヴァイオリンのデイヴィド・ギャレット。歌曲があんなに素晴らしいとは考えても見なかった。迫力あったなー!

2005年11月7日(月)


ピラカンサス

 三笠宮寛仁氏が心膜炎で緊急入院との報道あり。この方は皇位継承第6位で、現在有識者会議で検討されている皇室典範改正について私見を述べている。これは読売新聞のスクープで、私にはついていけない意見である。神代の時代から一度の例外もなく「男系」で続いて来ていること、このままでは男子が居なくなるのでその解決策を述べているが、私に言わせれば時代錯誤としか言いようがない。きしくも有識者会議では、「第一子優先」の方向で提言するとのこと。これが一番常識的だろう。

2005年11月6日(日)


お台場にて

 先に自民党が「新憲法草案」を公表したのに続き、民主党も「憲法提言」を発表した。民主党はこれを元に草案を作成することになるが、党内をまとめ切れるかどうか、見ものではある。それに加えて公明党も、「加憲案」をまとめたいと言う。私は自民党の「改正草案」を見たとき、今の憲法を全面的に見直すことになると、びっくりしたものだ。公明党のように現実にそわない部分を見直すものとばかり思っていたので…。いずれにしても第9條が問題であることは間違いない。

2005年11月5日(土)


夕闇に映える屋形船
お台場にて

 東京のカラスが激減しているという。石原都知事の号令で、4年前に始まった撲滅作戦が効果を挙げているそうだ。実感としては私自身そうは思わないが、現実には4年前に3万6400羽いたカラスが昨年は1万9800羽と半減している。ただ代々木公園をねぐらにしているカラスは6100羽から4500羽と約3割減。減らない原因は、彼らの餌場が2キロ離れた歌舞伎町。東京都が考えたのが「兵糧攻め」、今までよりも1時間半早い6時半からごみ収集を始めた。まだ効果のほどは未知数だが、利口なカラスのことだからもっと早く来るのではないかと収集作業員は心配しているとか。石原都知事さんつまらないことで物議を醸すより、このような庶民の声に耳を傾けたほうがよろしいのでは?

2005年11月4日(金)


パンフレット

 シャンソンを聴きに行く。会場は芝にあるメルパルクホール。私は初めて。郵政公社の経営のようだ。私の座席は二階。他のホールと比べると、どうも一階と二階の間が離れているような感じがする。つまり二階は天井に近いような気がする。階段がかなりあることから実感する。年を取ると階段の上り下りはしんどい。芝公園駅も地上に出るまでかなり階段がある。
 さて、シャンソンは語りの音楽だ。ところが内容が分らないのだ。歌手の声が低音はいいが、高い音域と早い言い回しになると聞き取れない。ハッキリ言ってイライラの2時間。がっかりした。

2005年11月3日(木)


レインボーブリッジ

 練馬ビデオクラブの撮影会。撮影場所はお台場夜景。午後3時に池袋集合。参加者5名。なんだかだんだんさびしくなるなー。前回は朝雨が降っていたので中止したが、皆さん後日個人的に撮影してくださった。今回はどうだろ?
 私、お台場までどのような交通手段で行けばよいのか皆目分らず、Tさんにお願いをして結局りんかい線で行く。夕日が撮れればと思っていたが雨がポツリポツリと降ってきて夕焼けどころではなくなった。日が落ちてさすがレインボーブリッジよかった。どんな作品に仕上がるだろうか?

2005年11月2日(水)


白神山地眺望

 かねて契約通り、セキュリティの工事が午前中あった。午後からは作動の検査があり、無事完了。ただ責任者には言っておいた。というのはこの会社とある家が契約して、あるとき異常感知がありバイクで駆けつけたはいいが、数十分家が見つからずうろうろしていた。近所では笑いものになっているそうだ。責任者は恐縮していた。我が家の鍵を巡回者がバイクで取りに来たが時間通り、家もすぐ分ったという。責任者ほっとしていたようだ。しかし操作難しくはないが、昔と違って私自身飲み込みが遅い。嫌になる。

2005年11月1日(火)


我が家の千両
 今日は父の命日。9月30日の母の命日、姉に指摘されるまですっかり忘れていたが…。朝から例のごとく命日をダシにして鮨店に行こうと妻のうるさいこと、うるさいこと。父は退職数年前私が高校3年の時、老人性結核になり、3年ほど休職。私が大学受験のときは病院生活。その時私のツベルクリン反応は過敏だった。精密検査を受けたほどだ。それから亡くなる3年前に胃がんで入院、再発。66歳の生涯を終わった。考えると、同世代の人は波乱万丈の人生だったと思う。そんなことを思いながらおいしくお鮨を頂いたことだ。