コラム

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27.義弟よ!安らかに眠れ

 義弟が亡くなった。享年58歳。あまりにも早い死。県警警察学校副校長が最後の職場。もちろん彼の死には自業自得の面が多いにある。私もそうだが、タバコ、酒のバカ吸い、バカ飲み。若いときはよく飲み食いしながら、議論しそして挙句の果ては罵り合ったこともあった。それも今は悲しい思い出となってしまった。
 私が彼を認めていたのは、とにかく頭がよく職務の合間に勉学にいそしんだこと、正義感が強く、職務に忠実に生きたことだ。晩年には、今までの経験を生かして可能な限りの改革をしたと、遺族の一人として自負している。
 亡くなる二年前、自宅を新築した。彼の人生設計の一つで、長男が福祉大学を卒業して地元の福祉の施設に就職できたから、親子一緒に生活できるということからだった。農業が好きで、多分退職後は長兄と一緒に農作業を考えていたと思う。
 前々から肺気腫で、坂道や階段を上るのが苦しいといっていたが、半年前息苦しいのを我慢していた結果が肺がんと分り手術をした。手遅れでそのまま閉じてしまい、後は放射能と抗がん剤の服用の治療となった。私たちは覚悟はしていたが、こんなに早くとは思わず、愛知万博の最中危篤と訃報に接し、取るものも取り敢えず新幹線で駆けつけた。後で分ったことだが、彼らしく自分の運命を自分なりにわかっていたようだ。五月の連休に強引に帰り、好きな酒、タバコを飲んだり吸ったりして数日後二回の大喀血で亡くなった。しかし、彼の死顔はおだやかそのもので、それが救いといえば救いといえよう。
 帰郷後、私自身が血圧が急に上がり、息苦しくなり脈も速くなり気分が悪くなることが何回かあり、現在循環器科内科であれこれ検査中、4日には24時間の心電図も行うことになっている。私は結構気が弱く気が滅入って何もする気がなくなってしまった。
 1ヵ月半たって、ようやくこれではいけないと少しずつやる気を起こしつつある現状である。


2005.7.2