25.老いを感じる
最近急に“老い”を感じるようになった。肉体的苦痛がその切っ掛けである。数年前ビデオ撮影中に、他に気を取られ二度転倒してひざを痛めて以来、膝痛が持続している。かてて加えて、タバコを止めて10キロも体重が増えて、それが膝に負担を掛けている。リタイアしてから毎日必ず実施していた石神井川沿いの散歩も止めてしまった。
今冬は、寒さに耐えかね外出も何か面倒になっている。気力がすっかり萎えてしまった。こんな自分ではいけないとは分かっているのだが。
リタイア当時、一年程何もせずボーと過ごしていたが、これでは自分がダメになってしまうと、自分で趣味を作ってそれに打ち込んできたのも、今はお座なりとなり、レッスンも時には苦痛さを感じるときもある。
妻が昨年リタイアして二人家にいると、言い合いばかりしてきたのも昨今はほとんどない。生きる張り合いが少しずつ無くなってきていることを自覚する。私の友人で一年ほど前まったくの自由人になり、毎日をどう過ごすか考え、あれもこれもと趣味を作り上げ、今はそれに振り回されているとの年賀状をいただき、かつての自分を見る思いで苦笑させられたが、羨ましい限りだ。
私は今老人の入り口にいる。そんな時、知人やマスコミでこんなことを知った。肉体的にまったく自分を始末できず、家族の負担にも限界があり、特養に入所させたいという順番待ちの希望者が多いそうな。またそこで働くかなりの職員が、賃金が安い、肉体的負担が多い等々で、入所者に対して相当な憎しみを持っているそうだ。それが高じるとこの間の事件のように、怒りに任せて火傷をさせるような結果を生み出す。ベッドに縛り付ける拘束も結構多いと聞く。
自分はそんな悲惨な人生の終末を迎えたくない。それは私の悲痛な叫びだ。
九十歳をこえ、なお現役の医師として活躍していらっしゃる日野原先生のようになりたいと思っているが、その為には精神的に強靭にならねばと思うこの頃である。
2005.3.1