2006年

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3月

2006年3月31日(金)

 民主党前原代表が辞任した。政治家の癖にどうしてこう判断ミスをするのだろう。この前原代表だけでなく、執行部も総退陣するという。鳩山幹事長は永田バカ議員と会い、自発的な辞職を求めたが拒否されたため決意したようだが、彼こそ今回の判断ミスの最たるものだろう。辞職の決意を固めたバカ議員を慰留したのだから。そしてあの問題議員は、代表と執行部の引責退陣を知って、議員辞職を発表した。自民党長期政権に飽き飽きしていた私は、それなりに民主党に期待をしていたが、なんかばかばかしくなってきた。これからまた代表選出でひと悶着あることは、目に見えている。昨日の旧橋本派の政治資金規正法違反どこかに素っ飛んでしまった。本当に自民党は悪運が強い。

2006年3月30日(木)

 自民党の旧橋本派の1億円ヤミ献金事件で、政治資金規正法違反の罪に問われた村岡兼造被告に対して東京地裁は無罪を言い渡した。判決文は検察の主張を全面的に退け、元会計責任者がうその自供をした理由として「橋本元首相に累が及ぶことことを阻止するためと自民党全体に事件が波及するのを阻止するため」と断じている。被告はスケープゴートにされたと考えていいだろう。関係した橋本氏、野中氏、青木氏たちは今何を考えているのだろうか。これ一つを見ても政界は魑魅魍魎の世界だ。東京地検特捜部の権威は地に落ちた。もちろん威信にかけて控訴するだろうが、私たちも真実を知りたいものだ。

2006年3月29日(水)

 後楽園にある温泉に行った。今では1500メートルもボーリングすれば温泉が湧くという。東京は今温泉ブームだ。私も前に大江戸温泉物語というところに行ったことがある。結構楽しかった。今日行ったのは3月中利用可能の昼食券付き招待券を貰ったからだ。妻と午後から出掛け、ゆっくりと温泉につかり意外と美味しい食事をいただき、台湾式エステをした。館内に健康指数を計るコーナーがありやってみた。骨密度測定は減少していて要注意、ストレス度は黄信号、抹消血液循環の測定結果は良好な状態。私が最も自慢したいのは、脳年齢だ。59歳相当と出た。「脳が元気に機能している」「すぐれた情報処理能力を持っている」「もう少し緊張感と興味を持って物事に取り込めばもっと脳を若く維持できる」等々。イッシシ、ルンルン気分でご帰宅。

2006年3月28日(火)

 桜満開宣言が行われた。今まで開花宣言が行われていたのは承知していたが、満開宣言というのは今年初めてのような気がする。気象庁は、今年は威信をかけて桜情報をこだわったと聞く。ことほどさように桜というと、日本人は一喜一憂する。花曇りという言葉があるように、これからは、花が散るまで人は目が離せなくなる。そういえば桜と言えば、ソメイヨシノが全国を風靡しているが、今、見直されていると言う。ちょうど老木となって植え替え時期になっていて、各地で他の桜を考えているところが多いと聞く。今週末が花見時だろう。サンデー毎日の私のこと、明日あたり気軽に桜見物と出掛けて見るか。

2006年3月27日(月)

 富山県の病院で、一人の医師の判断で患者七名が人工呼吸器を外され死亡したことが明らかになった。この事件は、患者の家族の同意があったかどうかという問題というよりこれからの医療に、大きな問題を投げかけたと考えたほうがいい。日本では安楽死は認められていない。生命の尊さを考えれば倫理的に許されないというのは理解できる。しかし意識がなく苦痛のみが待っている状況で生かされるのは耐えられない。「尊厳死」という言葉がある。これは本人または家族の同意にもとづき、人工呼吸器をつけずにあの世に旅立つことが出来る死だ。日本人の感覚からすると尊厳死に抵抗があるかもしれないが、私はこのようにして最期を迎えたいと思っている。「尊厳死」を特異なものと考えない世の中になってもらいたいものだ。

2006年3月26日(日)

 妻が富士山の撮影に昨日から出掛けている。カメラ仲間の人で、富士山だけを撮り続けている方が講師となって、地元の同じく富士のみを撮っているお仲間が案内人となって企画した撮影会だという。出掛ける前日、ちょうどNHKの番組で「奇跡の山 富士山」を放映していたのを録画して参考のため見せてあげたが、本人はいまいち気乗りがしなかったようだ。私は若い時富士山を登ったことがあるが、八合目の山小屋で仮泊して御来光を拝みに出掛けたことぐらいしか覚えていない。その光景は脳裏のずーと彼方にぼんやりとあるだけ。そして須走口で足が止まらなかったことを思い出すぐらい。遠くから見る富士は、昨年忍野村で経験したがやはりいい。桜都内まだ満開には程遠い。待ち遠しく感じる。

2006年3月25日(土)

 中古の電気製品の販売が規制される問題で、経産省は「PSEマーク」のない中古品でも後日、漏電検査をすることを前提に、「レンタル」の形で事実上販売を認めると発表した。この法律は5年前に制定され、周知徹底のための猶予期間の後、施行されるものだった。大手の電気製品製作の現場では2001年以降の製品には「PSEマーク」を付けていた。ところが経産省はこれまで何ら対策をせずに、今年2月に突如4月施行を公表した。何も知らなかった、中古業者や音楽関係者の猛烈な反対運動でこんな形で収集を図ったのだ。いかにもお役所らしいやり方だ。だがこんな方法で法律を骨抜きにしていいのか問題である。猛反省をしてもらいたいものだ。

2006年3月24日(金)

 元民主党の永田衆院議員の懲罰委員会でのやり取りニュースでみた。何とも情けない。彼には人間としての誇りがないのだろうか。提供者の実名も今頃明らかにしてもあまり意味がない。マスコミを初めとして多くの人が実は知っていたようではないか。そして自分はだまされたとぬけぬけと、よう言うわ。挙句の果ては進退は懲罰委員会の決定に従うとはなんだ。懲罰委員会では、除名措置をとらないことを知っての発言だ。しかも今回の解決究明までは私の責務だと、あなたの責任の取り方は、男らしく今すぐ辞めることしかないのだ。民主党の幹部も何を考えているのか理解に苦しむ。前原代表と鳩山幹事長、こんなことを何時までも先延ばししているのだ。あなた方の出処進退もはっきりさせないと党の存在価値も問題となりますよ。

2006年3月23日(木)

 練馬ビデオの鑑賞会。箱根の撮影会をどう編集したらよいか悩んだ挙句、私には出来なかった。テーマが絞りきれず、皆さんがどう編集をしたのか参考にするしかなく、手ぶらで出席。SさんTさん、非難ごうごう。何ともいえずただただ頭を下げるのみ。そうした中でHさんの作品、「箱根ガラスの森」だけにして、園内のガラス製品の色合いの美しさに、亡くなった妹さんの好きな色だったことと重ね合わせて、妹を偲ぶ構成にナレーションを駆使して纏め上げていた。こんな方法もあるのかと、感心した。
 何はともあれ、今日で会計報告をすれば、幹事という大役もお役目ごめんとなり、私にとってはめでたしめでたし。

2006年3月22日(水)

 私がタバコをやめてからもう5,6年経つ。ヘビースモーカで1日に60〜80本吸っていた。ある日急に禁煙しようと思い立ち、その当時話題になっていたニコチンパッチを使って実行した。その当時は医者の指導がなければニコチンパッチは使用出来なかったし、医療保険給付の対象外だった。約2ヶ月半かかって禁煙に成功した。今年4月から禁煙治療が保険給付対象になった。12週で5回までが対称のようだ。その後は自己負担とのこと。私の経験から言えることは、自分が止めようという強い決意がなければ成功しないと断言できる。今回喫煙を「ニコチン依存症」と位置づけ厚生労働省は保険適用を決めたようだ。喫煙は病気ではないとか治療するなら自己責任でやるべきだと保険適用に否定的な意見が多数あったという。しかし厚生労働省は、喫煙が大きな要因とされている肺がんや心筋梗塞が抑えられることにより、15年目には約1846億円を節減できると試算したようだ。そう、大きな目で見るとその通りだと思う。喫煙は百害あって一利なし、他人にも迷惑をかけるだけだ。厚生労働省の判断をよしとするのが常識だと思う。

2006年3月21日(火)

お彼岸の中日。春爛漫とても爽快。池袋のお寺に墓参。桜も昨年より7日早く開花宣言。六義園のシダレ桜もライトアップするという。お寺では彼岸会に参加する。本堂はあふれんばかりの人。約1時間のお勤めの後、卒塔婆を頂き墓前にひざまずく。ヤレヤレなんと言っては罰が当たる。昼食ベトナム料理店が目に付きフォ(麺)と生春巻を注文、数年前ベトナムに行ったことを思い出す。TVに人だかり。今日は王ジャパンの決勝戦、勝っていた。家に帰って観戦。私も熱が入って日本を応援していた。とうとう優勝。日本中が恐らく興奮しただろう。サッカーにおされていた野球も見直されるかもしれない。

2006年3月20日(月)

 米英軍によるイラク戦争が、開戦から3年を迎えた。この戦争によるイラク市民の犠牲者は3万3千人以上になる。このイラク攻撃は国連の決議を経ずに強行された、大儀なき戦争である。ブッシュ米大統領は初めからサダム・フセイン政権を崩壊させることを目的としたもので、アメリカに台頭してきたネオコンの思想に基づいたものだ。米国の価値観や民主主義などを非西欧社会に「移植」しようとする極めて危険なものだ。そしてその裏には米国の繁栄と利益の追求のみが見え隠れする。現在はイラクはどうなっているかといえば、内戦状態にある。米兵の戦死者は2千人を超えている。米国は世界の警察官を任じているが、迷惑千万この上ない。日本の基地問題、米軍再編も微妙に絡んでいる。日本は米国に対して強く発言していかなければならないと思う。

2006年3月19日(日)


箱根ガラスの森から

 出掛ける前TV画面を観ると、野球を中継していた。王ジャパンと韓国の試合だ。この試合は準決勝進出の試合。私は小さい時からスポーツが嫌いで、自分がすることはもちろん、観戦もダメ。それに対して妻は大のスポーツ好き。特に最近ではサッカーに目がない。野球は最近は観ているのは稀だが、選手のことはあれこれよく知っている。出掛ける前のTV中継7回表でホームランは出るは連続ヒットは出るはで、これまで二試合韓国に負けていた日本、ようやく実力発揮というところで外出した。池袋で用事を済まして帰宅しようとしたら、なんと号外が出ているではないか。何事と貰ったところ「王ジャパン韓国に勝利」とあるではないか。こんな野球にも号外が出るとはびっくり。世界一を決める試合ともなるとこうも違うのかと思ったことだ。

2006年3月18日(土)

 最初なんだろうと思っていた。というのは車内広告で「日光に行け、ふくろう」とあったのを見たときのこと。しかも詳しいことは何も書いてなかった。新聞等で徐々に分ってきた。つまり東武鉄道とJRが相互乗り入れで新宿・池袋を始発として東武日光駅を直通運転をするという宣伝だったのだ。これをみるとJR東北線栗橋駅から東武伊勢崎線に乗り入れることになる。時代も変ったものだ。ちょっと前まではこんなことありえないこと。こういう相互乗り入れは地下鉄から始まったようだ。利用客にとっては大変便利になっていいことだと思う。地元日光も大歓迎という。というのも観光客が年々減少傾向にあり、これを切っ掛けに増加して欲しいと思っているようだ。暫く私も日光に行っていない、これを契機に出掛けてみるか。

2006年3月17日(金)

 昨日、セミナーの帰りTさんと一杯飲んでの帰り、傘を持っていなかったので雨の中を歩いて自宅へ。そのせいだろうか朝起きたら喉が痛い。雨漏りといいついていない。大事にならないうちにと医者に行き、診察を受ける。最近ちょっとしたことで直ぐ風邪を引く。喉が真っ赤ですよということで薬を貰う。家に帰りさっそく薬を飲む。午後からビデオの会合があるので出掛ける。最初は何とも感じなかったが、会ではやたらに睡魔に襲われ困った。終了の時隣の人からずいぶん居眠りしていましたねと言われ恥ずかしかった。多分風邪薬に睡眠導入剤が入っていたのではないだろうか。夕食の後風邪薬を飲んだ後、やはり眠気に襲われ、早々に床に就くことにした。

2006年3月16日(木)



 午後2時からハイビジョンビデオのセミナーを受講する。日本橋駅にそれはある。私はそこに行くにはどう行けばいいのかよく分らない。地下鉄で何処で乗り換え何線で行ったらと朝から悩みに悩み、妻にバカにされて何とかたどり着く。受講の内容は、どうにか理解でき、忘れないうちにと、家で復習をしていたら、急に目の前に水滴が滴り落ちてきた。最初は何がなんだか訳が分らず呆然としていたがようやく分った。雨漏りだ。あわててバケツで対応しようとしたが、ダメ。ものすごい勢いで落ちてくる。妻を呼び二階の雨戸を閉めさせ、約1時間奮闘する。我が家は南風の豪雨の時、それが起きるのだ。まさか今日そんなだとは思いもしなかった。原因は分らず、対処は雨戸を閉めることだけ。嫌な一日だった。

2006年3月15日(水)


箱根ガラスの森から

 明日、ハイビジョンビデオ編集の講習を受けるので、まだ一回もいじったことがないソフトを開いてみた。いくらなんでもキャプチャが出来なかったら講習を受けられないと考えたからだが、もう一つ一緒に講習を受けるTさんが、キャプチャが出来ず経験者から教えてもらってようやく分ったと言うのを聞いていたからだ。本当に理解するのに大変な時間を要した。マスターブックと首っ引きで、映像を取り込めた。
 こんな調子だとすいすい編集できるようになるには、今年いっぱいかかりそうだ。パソコンとニラッメコをしたためか肩こりがひどく指圧に行く始末。年は取りたくない!

2006年3月14日(火)


箱根ガラスの森から

 スカイマークエアラインズの修理放置問題、呆れ返ってものも言えない。19年前のあの御巣鷹山の墜落を思い出してしまった。私はあの当時熊谷の先の深谷に勤務していた。墜落場所が寒村ということもあって、報道関係者がかなり離れたこの深谷にも宿泊していた。あの事件も整備不良だった。生き残った人はたった3名。奇跡と言われた。あの時の教訓が一つも生かされていない。たった19年で、こうも風化してしまうのだろうか。
 このところ航空業界いろいろ問題が表面化している。JALの社長排斥問題、労働組合の角突き合いこんなことをやっている場合ではないだろう。ことは人命に関わることだ。国交省の厳重な指導・監督を切に望む。

2006年3月13日(月)


神楽坂寸描

 今朝新聞を開いて見たら、一面トップに岩国住民投票で米軍受け入れ反対87%という文字が躍っていた。在米軍再編のことは知っていた。しかし岩国の住民投票のことは全く知らなかった。マスメディアもこのことは報道していなかったが、こんな重大なことは知らしめるべきだろう。法的拘束力はなとしても、米国の再編計画に大きな影響がある。政府は「日米で協議が調い次第、それが最終合意となる」(安倍官房長官)と言っているように地元住民の意思を無視する姿勢をとっている。住民投票はそうした政府の姿勢にノーを突きつけたものだ。自民党の幹部が「安全保障は国の専属的事項だ」というのはその通りだと思うが、基地に暮らす住民の気持ちに理解を示すのも国の責務だったのではないか。

2006年3月12日(日)


神楽坂の路地

 気晴らしにビデオを抱えて、神楽坂を徘徊した。昨日日記に外出するのが億劫になった、面倒だと記したところ、先輩からあなたらしくないとメールをいただき、気を取り直し、出掛けることにした。ある雑誌の別冊に「神楽坂を歩きませんか」というのが目に付き面白そうなのでそこに決めた。本を片手にうろうろしていたら、地元の人が親切に案内してくれた。その人は、昔の雰囲気を残しているところめっきり少なくなったという。別冊の石畳・黒板塀など神楽坂らしい情緒ある路地を写した写真は確かにいい。だがそれは雨に濡れそぼった石畳ではなかった。雨に濡れているからこそ、花街らしさが表現されるのだ、ということを知った。シャッターチャンスはそうそうあるもではないのだ。勉強になったことだ。

2006年3月11日(土)


箱根ガラスの森から

 最近外出するのが、億劫になった。外に出ること自体が面倒なのだ。したがって部屋に閉じこもって、なんとなく一日を過ごす日が多くなった。どうかすると食事をすることも面倒になる。もっともこれは自分が食事の準備をする時のこと、つまり妻がいない時のことだけれども。久しぶりにNさんと池袋で会食。大いに気晴らしになった。やはり都会の雑踏、わたしには元気の元のようだ。天気、春が近いのだろうか、寒さ暖かさが交互に訪れる。三寒四温というのだろうか。今年は梅の開花が遅く今が盛りのようだ。一方、桜の開花が例年より早いとの予測。そうなれば梅と桜を同時に愛でることが出来るとか。家に閉じこもっていないで、元気を出してビデオ撮影といきますか!

2006年3月10日(金)


箱根ガラスの森から

 妻が山口の実家に。母の病気見舞い。ここ数年体調がすぐれず、励ましにと。特に昨年弟を亡くしてから元気がない。もっともだ。しかし便利になったものだ。新幹線、ジパング倶楽部に入会しているおかげで料金かなり割安になり、時間も昔を考えれば本当に掛らない。飛行機と比べても空港までのことを考えれば遜色がない。この新幹線の技術力、世界に誇れるものだ。それが今危うい。中国のオリンピック向けに敷設する新幹線、ドイツと日本に決まったようだが、もう中国は車両をはじめ最先端の技術を国産化することを目指している。多いな脅威である。目先の利益に惑わされてはいけない。あの国は何でもありなのだ。利用するだけ利用して後は知らん振り。それどころか人件費の安さから逆に輸出するようになるだろう。用心してかかろう。

2006年3月9日(木)


箱根ガラスの森から

 最近の中国の日本に対する姿勢は一体なんだ。このような原因を作り出したのは、小泉首相の頑なな靖国参拝問題であることは明白であるが、それにしても、日本の国民が中国に対してどのように思っているか考えたことがあるのだろうか。私は最近は嫌中国だ。わが国に文化をもたらした歴史のある大国として尊敬していた。それが最近は何かにつけて日本に対してイチャモンをつける。理由は分っている。対米関係、東南アジアに対する日本牽制。それしか考えられない。逆にいえば、それこそ中国の覇権主義と思っていい。アメリカの1極支配にはうんざりだが、さりとて中国がその対抗軸になるのも危険だと思っている。こんなことをしっかり見つめて外交を進めて欲しい。しかし今の外相では心もとない限りだ。

2006年3月8日(水)


箱根ガラスの森から

 アメリカの畜産の盛んなカンザス州選出の議員が、日本の「米国産牛肉禁輸」に対してこんなこんなことを言っている「米国産牛肉は世界で最も安全で品質が高い。日本政府が禁輸を解除する機は熟した」「(日本の)政治的ゲームや駆け引きには失望している」そして早期の再開がなければ、米議会は対日貿易制裁に踏み切る以外に選択肢がなくなると警告する声明を発表した。どこの国にも何も理解していない者が国政に携わっているものだ。脅かせば、言うことを聞くと思っているようだ。日本の政府の今までの対応を見れば致し方ないのかもしれない。しかし今回危険部位混入は怪我の功名と言ってもいいかもしれない。いかにアメリカの管理体制がいい加減なものかわかったのだから。これで日本政府も変な妥協が出来なくなってしまった。それと日本の消費者の潔癖さに気が付くことだろう。牛丼の吉野家さん、営利第一で、若者を危険な目にあわせないでくださいね

2006年3月7日(火)


箱根ガラスの森から

 今日テレビを見ていたら、東京都の出納長が公用車を私用に使って、飲食店に行き、帰りには女性を同乗させ送り届けた後自宅に帰宅した場面が映し出された。都会議員がこの役人を追及していたようだ。ガソリン代、運転手の時間外手当などすべて、税金なのだ。都税を納めている者として絶対に許せない。しかもインタビューに対してふてぶてしい態度。出納長といえば、かなりの地位の役人だ。公僕という認識に欠けているのではないか。しかるべき所を通して取材をするようにだと、笑わせる。全国に自分の恥をさらしてしまったのだ。これからどうするつもり?しかし国家、地方を問わずどうして役人がこんなに堕落してしまったのだろう。つまるところ、議員がなめられているのだ。

2006年3月6日(月)


箱根ガラスの森から

 今日書道のお稽古。春一番の風が吹く。昨年より11日遅いという。先生から肥満についてお説教をされる。先生は姉の友人、昔から私もよく知っている人。だから遠慮がない。一々ご尤もで返す言葉なし。
 民主党の「送金メール問題」まだまだ尾を引いている。マー、当たり前のこと。千葉県の衆院選補選これでは戦えないということで、党員から執行部に対して非常に強い批判があるようだ。二大政党で政権交代を促す意味で小選挙区制度が採用されたのはいいが、これでは当分自民党政権が続くことになってしまう。民主党、党内で派閥争いをしている時ではないのでは?

2006年3月5日(日)


箱根ガラスの森から

 トルコに同行したTさんから電話あり。二人の悩みはせっかく撮影してきたハイビジョンビデオ編集は、今までの編集器やパソコンソフトでは不可能なことであった。せっかくの作品が宝の持ち腐れ。最近安価ではないが、高性能のパソコンとソフトで出来るようになった。実は私も購入したがまだ手をつけていない。Tさんも購入したが、作品をキャプチャーできなかったと聞いていた。、ある会合でやっと分ったそうだ。私も彼に負けずに挑戦しなければと、決意するが、あまり自信がない…。ハイビジョン編集ソフト発売元の会社が有料で講習を行っているのでそこにも行って見るか。

2006年3月4日(土)


箱根ガラスの森から

 ビデオカメラで撮影した画像を見ながら、この日記で使う静止画を作成する。これで当分、あれこれ考えずに済む。それはそれでいいのだが、自分ながら動画へたくそ。もう少しどうにかならないかと考えてしまう。鑑賞会の作品どうまとめていけばいいのかこれから四苦八苦することになるだろう。
 桜開花かなり早そうだ。今年は季節が狂っている感じがする。曽我梅林、湯河原梅林まだ満開には程遠い状態なのに。地球温暖化と無関係ではないだろう。世界の人口これからまだまだ増加するという。温暖化対策、世界規模で真剣に取り組まなければならない。エゴはもう止めよう。

2006年3月3日(金)


箱根ガラスの森から
 旅行二日目。天気よくない。ロープウエイで大涌谷へ。ここで富士山が見られたらと思ったが案の定雲厚く裾野がかすかに見えるだけ残念。この後芦ノ湖を船で箱根町へ。ここで雪に。私は今日はほとんど撮影をしなかったが、皆さんこまめにあれこれ撮影していた。ここで昼食。私は豚角煮ラーメンを注文。皆さん箱根湯本でお土産購入を予定しているので早めにバスに乗る。清算で皆さんに2200円返却。カラオケ代サービスしてくれたことと飲み代が掛らなかったことが理由。皆さん相当お疲れのようで、電車の中では眠っておられた。新宿で解散。無事終わってホッ!鑑賞会力作をお願いいたします。
2006年3月2日(木)


小田原城天守閣

 待ちに待ったビデオ一泊撮影旅行。箱根。昨日の天気予報では明け方には雨が上がり午後からは日がさすとあった。しかし目的地に近づくにしたがって雲が厚く心配になってきた。これだけ心配する理由は、この会の幹事だから。どうしても成功させたい思いからだ。小田原城址公園、皆撮影に没頭。昼食箱根湯本で蕎麦をと考えていたが、撮影時間に時間をとったので、小田原で鮨を食べた。意外と安い割りに美味しかった。午後からは「箱根ガラスの森」にて撮影。ベネチアン・グラス美術館結構見ごたえがあった。早めに宿に着く。温泉につかり夕食、冬季割引きにしてはそこそこの料理、カラオケで盛り上がり私たちの部屋で懇談。きれいな画像イコールベストな作品と言えるかどうかをめぐって喧々諤々の意見続出。楽しい一日だった。 

2006年3月1日(水)


アクアポリス博物館

 西隣の奥様がお亡くなりになった。享年73歳。私たちの住んでいるこの辺りから子供の声が聞こえなくなって久しい。たまに聞こえてくるのは公園に行く保育園の子供たち。我が家のあたりは、道が狭く普通の乗用車がやっと入れるところなので、大きなマンションは建てられない。だから昼間でも静かなのだが。しかし昔はそうはいっても子供の声がかしましかった。そういえば空き家がこの近辺多い。現に北隣は空き家だ。奥さんが一人で住んでいたが、15年ほど前、子供に引き取られていった。気が付かないうちに、確実に世帯交代が進んでいるのだ。自分たちも時間の問題。終末の時期をどう生きていくのだろう。なぜかこんなことを考えて、妻と真剣に話し合わなければという思いを強く感じた。