写真をクリックすると大きくなります

2008年

1月 2月 4月 5月
8月
バックナンバー
2005年度・2006年度・2007年度


2月
2008年2月29日(金)

 晩酌と言うか、とにかくお酒をやめて3日目、先日のコレステロール値の高さにさすがガックリ。とにかく習慣になっている晩酌を控えることが第一。しかし体重減らないなー。寝て喰ってTVを見ているだけじゃ体重減る分けない。しかしこの寒さの中散歩はしんどい。思い立って風呂掃除をしてみた。おかげできれいなお風呂に入ることが出来た。今日、NHKの番組で若年認知症夫婦愛という番組を見て、本当に身につまされた。人事ではない。自分が壊れていくのが分るのがどんなに悔しいか!かつて観た映画「明日の記憶」とまったく同じで、私だったら耐えられないのではと…。

2008年2月28日(木)

 最新鋭イージス艦衝突事故に対して、石破防衛相は誠実さを売り物にしたように振る舞い、省に昇格した防衛庁を指導してきたかのように国民には見えた。しかしここに来て化けの皮がはげた。被害社宅に赴いて、辞任するよりも事故原因を突き止め、その対策を決めるのが先だと言われた、私はこの地位に恋々としてはいないと見得を切った。事故当時の航海長を海上保安庁に無断でヘリコプターで防衛省に呼び事情聴取している。石破相も聴取している。これは隠蔽工作、口裏あわせと取られても仕方がないし、犯罪行為だ。事務次官は国民に対して、小ばかにしたように、記憶にないと言っている。それにしても福田首相相変わらず人事。もうこの内閣国のためにならない。早く辞めて欲しいものだ。

2008年2月27日(水)

 前回ビデオ編集して指摘された部分を直した。ナレーションもやり直した。そこまでは良かった。その後、テープにかき戻すのが一苦労。すっかり忘れてしまった。やっとの思いで出来た。今度はそれをパソコンのハードデスクに収めるのをしなければならない。私はそれをソニーのDVgateで処理している。これもすっかり忘れている。何回やっても思い通りにならない。約半日ああでもないこうでもないとパソコンとニラメッコ。やっとどうにか出来上がった。明日HPに公開しよう。

2008年2月26日(火)

 風邪を引いたようだ。喉がいがらっぽく、鼻水も…。ちょうど毎日服用している血圧降下剤等もなくなったのでいつものかかり付けの先生のところに出かける。血液検査の結果が出ていた。このところ晩酌の量が増えていたその結果が如実に現れた。コレステロール値が増えていた。これは問題。動脈硬化が年齢相当に進んでいると定期的に検査をしていただいている先生から指摘されている。体重もものすごく増えている。今日から摂生に努めよう。

2008年2月25日(月)

 小林多喜二の「蟹工船」が漫画になって若者たちに人気だとか。そう言われてみると、書店の文庫本の最近のよく読まれるコーナーにその「蟹工船」が並んでいるのだ。今の社会に受け入れられるというのは、その当時ほどではないけれども、派遣会社による違法行為がその当時の搾取と同じだと感覚的に感じたからだろうか。しかし、彼が、特高警察によって虐殺されたことを知っている若者は少ないのではないだろうか。私は昭和47年に発行された「作家の死」と題された雑誌の中で江口 喚が書いた多喜二の遺体の赤裸々な描写を読んだ時、怒りを覚えたものだ。警察の体質は、鳩山法相のあの冤罪問題を含めて変っていないのだと感じた。

2008年2月24日(日)

 朝から風が強い。早めに出かける。JR案の定遅れている。荒川鉄橋が減速のため大幅な遅れ。現地に5分ほど遅れて到着。今日は教え子たちの同窓会に招待されたのだ。卒業以来29年ぶりの再会だとか。私にとってこの子達は、記憶に残る子たち。それまで男子校として男の子しか教えていなかったのが、共学になって初めて女子のクラス担任になったから。記憶からすっかり抜け落ちていたのは、3年になってからクラス替えがあったこと。教え子ももう48歳なのだとか。挨拶され記憶が直ぐには戻らない。しかし聞いているうちにああそうだったと思いだしてきた。もうこの年になって、教え子たちに会えるとは思っていなかったので、本当にうれしかった。ありがとう!

2008年2月23日(土)

 木曜日にアドバイスを受けた「清澄庭園」、シーンを入れ替えてみた。確かにそう思って見るせいか、春を待つ思いが表現できていると感じた。それとナレーション明らかに間違っているところがあった。関宿を「せきじゅく」といってしまったが正しくは「せきやど」と言わなければならなかった。聞き流せば感じなかったが、文がおかしいところが2、3あった。ナレーションを入れ直してHPに載せるつもり。明日は関東地方風が強いという。深谷に行かなければならない。電車が動いてくれるのを祈るのみ。

2008年2月22日(金)

 今週は忙しい。今日はNHKでハイビジョン撮影したビデオをハイビジョン編集ソフトで編集する方法の講義。7名に先生が2人。分らないと丁寧に教えてくれる。来週は編集し終わった作品をテープではなく、直接DVDにしてしまう方法を講義してくれるという。だから来週は練馬ビデオ同好会の旅行と重なってしまうが、朝早く新幹線で青山のNHKに出かけることにする。Tさんに、昼食を私が食べたかった韓国料理の「サムゲタン」でどうですかとお誘いをした。快く同意していただき、お店に行く。美味だった。今度はTさん紹介のてんぷらを食べに行くことにした。

2008年2月21日(木)

 午後から練馬ビデオ同好会の鑑賞会がある。このところ作品を提出したことがないので、今回は前回撮影会の課題作品を提出することにした。朝7時から編集をする。思ったよりはかどったが、最初編集機の操作をすっかり忘れてしまい思い出すまで大変だった。先生の講評は後半の場面を入れ替えた方がよりタイトルにあっていたでしょうと…。確かに「春を待つ清澄庭園」というタイトルからは、水鳥が一斉に飛び立つシーンは越冬した渡り鳥が、春北方に去って行くイメージがある。「春を待つ」が際立ってくるのは確か。さっそくその部分を最後にしてみよう。

2008年2月20日(水)

 今日は忙しい。午前中はピアノのレッスン、午後は昨日連絡のあったパソコン音楽の勉強。二つともどうにかこなしたが、老いのボケ防止から始めた趣味だが、どうやらパソコンによる作曲、音楽の知識が足らないようで出来ずじまいで終わりそう。だけどそこでくじけては意味がない。メールで勉強している方で知識をものにしているので、それを実際に応用できるように頑張るつもり。渋谷の先生から、大変有名な和菓子をいただいた。美味しかった。だが、家には甘いものに目がない者がいる。きっと知らないうちになくなっていることだろう。

2008年2月19日(火)

 午後、昨日の音楽のお勉強できなかった件で、先生から電話があり替りの日の日程のお話があった。結局明日5時からということになった。とんでもない事故が起こった。海上自衛隊の最新鋭イージス艦「あたご」がこともあろうに小型漁船に衝突、船体は真っ二つ二人が行方不明。それだけでも許せないのに、防衛相に報告があったのが1時間半後、首相にいたっては2時間後だった。20年前に潜水艦が同様の事故を起こし30名もの人が犠牲になった。そこから何の教訓も得ていなかった。当時の艦長は、船舶日誌を改ざんしていた。報道によれば自衛艦の方に回避義務があったようだ。問題ばかり起こしている昨今の官僚よ!自己保身にはしらないで、事実をきちんと国民に明らかにせよ。

2008年2月18日(月)

 お誘いを受け、日本橋三越本店内の三越劇場で「ファミリ大戦争」と言うお芝居を観た。朝丘雪路、赤井英和、正司花江が出演している。内容そのものはどうということはない。だから何を言いたいのか分らない。強いて言えば笑いが絶えず、観ている人を楽しませたことだろうか。あの劇場ぐらいの広さ演劇にはちょうどいいと思った。その後食事を終えてから時間をつぶして、渋谷の音楽の演習に行った。先生の都合で今日の5時に変更したのに、先生すっかり忘れて出来なかった。貴重な時間を無にしてしまった。

2008年2月17日(日)

 妻がサッカーが好きで、ちょうど茶の間に私が居る時にTVの中継が始まった。私はスポーツ観戦にはまったく興味はないが、一言、中国の人々に言いたい。この試合は国際試合だ。オリンピックを控えた国ならば当然それなりの礼節が求められて当然だろう。以前日本のサポターにゴミを投げつけたことがあったが、もうそんなことはないと思っていた。ところが国歌演奏でブーイングがあった。確かにかつて日本は、中国に侵略戦争をし、中国人に多大な犠牲をもたらした。日本政府の対応もきちんとなされたとは私も思っていない。しかしいくらそうであっても、孔子の儒教をもたらした子孫とは思えない行為だ。5000年の歴史を持ち、素晴らしい文化を生み出し、わが国にその文化をもたらしてくれたことに尊敬の念はある。だが今の中国には私は尊敬の気持ちはない。「嫌中国」だ。北京オリンピックが成功するためにも、どんな国に対してもあたたかくもてなしをして欲しいものだ。

2008年2月16日(土)

 中国の毒餃子事件、問題の工場天洋食品が工場内をメディアに公開し記者会見をした。公開もなんだかやたらに仰々しく、会見でも自分たちも被害者と訴えていたが、我々日本人には到底納得のいくものではない。そもそも日本政府の農業政策が場当たり的で、農家は何時も振り回され専業農家は減少し、耕作地が放棄されている。大体が農作物の自給率が40%を切ってしまったのを放置していることが間違っている。ヨーロッパの大国フランスなどは意外にも農業国なのだ。現在天候不順により小麦粉の値段が高騰しており、それに関連する加工品がさらに値上がりしている。政府はこれに対してなにか対策を施しただろうか。なにもやらない福田内閣はもういらない。早く衆議院の解散を行うべきだ。

2008年2月15日(金)

 今日は午前中はハイビジョンの編集の講義、タイトルの勉強、なかなかうまく説明通りに出来ない。見かねて先生が手助け。ソフト特有の操作法があり、体得するのは時間がかかりそうだ。午後からは銀座線で新橋まで。先月、ここにマフラーを忘れて電話したのだがないと言われた。しかし長机の所に置いたことは明白だったがないといわれれば仕方がない。あきらめたのだが、今日忘れ物コーナーを一生懸命探していたが私のマフラーはない。と、係りの人が声をかけこれではないですかと言うので振り返ってみたところ、まさに私のものだった。電話をしてあったので係りの人は分っていたのだ。ありがたかった。さてそのクラブでいざビデオの鑑賞という段になって、カメラを持参すべき人から欠席の連絡が入る。これでは何も出来ない。ビデオカメラを持っている人はいるが、ケーブルを持っていない。急きょ量販店に行って買い求める。無事に鑑賞会が出来た。こういう団体では、細心の注意と責任感が求められる。

2008年2月14日(木)

 どうも体調がすぐれない。舌に一ヶ所痛みがあり、喉がなんとなくいがらっぽく、私がよく経験する初期の風邪の症状だ。いつものかかり付けの医者に行く。先生から、風邪薬のほか抗生物質、口内炎の痛み止めの塗り薬を貰った。今風邪はやってますよと言われたが、私のは間違いなく北京風邪だ。人にうつすと風邪は治るというが、北京でひいた方はもう治っていることだろう。午後、Sさんからも風邪をひいたと電話があった。

2008年2月13日(水)

 Sさんから電話があった。風邪をひいて寝込んでいるのだという。熱があってとても苦しいと…。大変お気の毒、金曜日のビデオくんクラブに出席したいのだがこの調子では無理かもしれないとか。早く治って下さい。風邪は万病の元といいますから。実は私もなんとなくおかしいのだ。風邪の前兆の感じがするのだ。用心!用心!映画監督の市川昆さんが亡くなった。92歳、肺炎だったそうだ。東京オリンピック、ビルマの竪琴が代表作。外国でも名を知られた人だった。こうして一つの時代が終わり、次第に新しい時代に入れ替わっていくのがよく分る。

2008年2月12日(火)

 髪の毛がかなり伸びているので床屋に出かける。何時も行くところは眉毛の長いのを処理してくれないし鼻毛の処理もない。そこで前に行っていた板橋駅の近くの理髪店に行った。合いも変らず妻はお出かけ、途中でラーメンでもと思いその店に行ったら更地になっていた。最近中国の毒餃子のこともあるので、スーパーで麺を買って自宅で昼食をする。しばらく経ってからドアホンがなるので出てみたら、パソコンの先生。日にちが変更になったのをすっかり忘れてしまったのだ。パソコンの部屋は汚いまま。まったくドジ。どうしようもない。それでもホームページのスタイルを変更する作業なので、お勉強には支障がなかったのは幸い。これからは手帳を毎朝確認しよう。

2008年2月11日(月)

 今日は建国記念の日。借りているDVDを返却する日。まだ見ていないのでそれを見る。勤めていればそれこそ休日は安息日。リタイアした者には何の意味もない。妻は自分の眉毛に白髪が二本あるのが気がかりでそれを抜こうと懸命だ。出来ずに私に抜いてくれという。抜いては上げたがよく見てみればかなり白髪が混じっている。かわいそうだがその事実を告げてやる。かなりショックを受けたようで私も年をとったのねとつぶやいていた。私自身は、老人性のシミが顔面にあちこち出来ている。現在のところは気にはしていないがやがては濃くなって目立つようになれば自分の顔を見るのに耐えられなくなることだろう。年は取りたくないと実感する。

2008年2月10日(日)
昨日、新年会の帰りみなさんが帰るとき、まったく気が付かなかったが、雪が降っていて2センチぐらい積もっていた。明日は渋谷に行く日、前回も雪が降って先生の方から気をつかってくださり日にちを変更してくださった。幸い今日は快晴楽しく講義が受けられた。前回に続いて音符を入力したものを見ていただいて訂正をしてもらう。その後、必要な音符を選択して、別のところに移動して、楽器をきめる作業を教えていただく。残りは来週までに、自宅でやってこなければならない。出来そうでもありなんともいえない。先生からは出来る範囲でよいと言われているので、無理をしないで済む。クラシックの楽譜は複雑で理解が思うように出来ない。初めての経験だから気長に対応していけば良いのだ。
2008年2月9日(土)
遅まきながらビデオ友達と我が家で、新年会をした。山口からフグコースが送られるので午後4時から始めることにした。Tさんが時間になっても来ないので、Sさんが自宅に電話した。私の思い違いから、電話を待っていたようだった。申し訳なかった。とにかく楽しい団欒が始まった。話題はやはりビデオのこと、結論を言えば我々は現在のミニDVテープで撮影し、編集することに考えが一致。そしてその結論に至った原因は我々の年齢だった。あと何年生きられるかが話題に…。そんな話の中で、Sさんが自分の鬱の話をした。この間の撮影会、支度をして玄関を出る時、気分がのらず辞めようとしたという。それを奥さんに叱咤激励され無理やり送り出されたという。それが良かった。その日は皆と楽しく過ごせたという。よく分る。私も、気分がのらず外出をしない日が多い。Tさんには理解出来ないようだ。そうTさんが一番元気だ。多趣味で毎日のように出かけている。毎日が楽しいようだ。彼を見習おう。