| 2007年6月30日(土) |
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親亀がしっかりしていないから、小亀がこける。今度は久間防衛相が「原爆投下しようがない」と問題発言。自身長崎を選挙区としているのに、被爆地の人々の感情を逆なでしている。アメリカのこの原爆投下、および東京を始めとするじゅうたん爆撃、民間人に対する無差別攻撃として、本来は糾弾されてしかるべきものである。私は日本人が黄色人種だから実験のため原爆を投下されたと思っていたが、ドイツのドレスデンを観光してそうではないことを知った。アメリカという国は第二次世界戦争中の皆殺し作戦、一つも変っていない。ベトナム戦争然り、イラクの攻撃然り。敗戦国だから賠償請求できないのは分っているが、怒りが収まらない。また首相は庇うのだろうか。いずれにしても参院選に影響するのだろうな。
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| 2007年6月29日(金) |
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今国会を見ていると自民党の自堕落はもう言葉もない。戦後日本を築き上げたのは自民党の果たした役割は大変大きい。これも党内に暴走を戒めることの出来る人物がいたからだろう。それが様変わりしたのは、あの前首相小泉の存在だ。いわゆる小泉流というものだ。物言えば唇寒しで、逆らうものを一掃し、自分流に政局を運営した。その亜流が現在の首相だ。彼の行っていることは、一種の独裁者だ。だから自分の言葉がすべてで、行動がすべてで、従軍慰安婦問題で海外から顰蹙をかうのだ。バカにはつける薬はなく、いずれ自民党は遠からず自滅することになるだろう。
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| 2007年6月28日(木) |
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宮沢元首相が老衰でなくなった。小泉泉首相の時、政界引退を勧告され応じた。概して自民党の首相に対しては、評価はしないが、あえて言えば、彼は護憲を貫いたことだろう。思い出すのは内閣不信任案が可決され、自民党が野党になったことだ。ご冥福をお祈りする。晩年の姿写真で見たがずいぶんとやせておられた。最近は体調がすぐれず入退院を繰り返していたようだが、87歳だから無理もないが、亡くなる直前まで意識はあったようだ。出来れば、私もそうありたいものだ。
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| 2007年6月27日(水) |
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私は音楽はまったく分らず、いつも妻に連れられて公演会場に出かける。今日も渋谷のオーチャードホールに連れられた。イタリアのパレルモ・マッシモ劇場日本劇場日本公演だ。先日観たオペラと基本的には同じ。しかし規模が違っていた。私はオペラといえば歌いながらの劇、芝居と思っていたのだが、今回のような歌、独唱曲があるのだという。それをアリアというのだそうだ。歌手はあれだけの声量を出すので、大変だと思っていたら、一人は一曲を歌ったら、2回目が歌えなかった。もう一人は出だしを失敗して途中でストップ、初めからやり直した。そう思うと声は楽器と同じだということが分った。合唱がよかった。100人ぐらいいたのではなかったか。いい演奏会だった。
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| 2007年6月26日(火) |
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昨日に引継いで、また珍しい人から電話があった。私が若い時、仲人をした相手からだ。よく家に出入りをしていて、妻もよく知っていた。というよりは妻がいるから気軽に遊びにこられるのだと言っていた。もう58歳になるという。3男が28歳にもなるという。TVの「何でも鑑定団」に出るから見て欲しいとのこと。岡本太郎の色紙がお宝だった。30年前、サイン会があって、普通ではつまらないと思い、大きな和紙を用意し、当時の彼のよく使う言葉、本の題名にもなっている言葉を書いて欲しいと頼んだそうだ。そしたら岡本太郎は笑って快く書いてくれたそうだ。35万円という値がついた。裏打ちをすれば50万はするといわれニコニコしていた。ちょっと太ったかなと思った。だが考えてみたら私と一回りしか違わないことに気が付いた。考えたら高校のときの担任も10歳しか違わなかったのだ。そういえば彼の友人もこの間ひょコッと近くに来たからと顔を出したっけ。こんなに珍しい人たちから連絡があるのは、私もいよいよかな?
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| 2007年6月25日(月) |
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今日本当に懐かしい人からお電話をいただいた。私が退職をした職場の方で、私に協力してというよりか、助けてくれた方だ。私はその職場に対していい思い出がないので、関係を一切絶っていた。数ヶ月前にひょんなことからその方がお辞めになったことを知ったのだ。だからお電話をいただいて、本当にビックリした。そして数年前に、定年を待たずにお辞めになったことを知った。将来を嘱望された方だと思っていたが、いろいろお聞きしてなるほどと思った。人はある岐路に立った場合、決断を強いられるが、その判断が難しい。私もかつては同じだった。同調できない人物と席を同じくして仕事はしたくない。そんな思いからだった。1年間年金がなく無収入だったのはきつかった、が気分は爽快だった、そんな十年前のことが思い出された。
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| 2007年6月24日(日) |
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昨日、公認辞退・政界引退を表明した大仁田参議院議員、引退する理由を「参議院は首相官邸の人気取りの道具ではない」と国会延長をして強引に法案を成立させようとしている安倍政権に対する不信感をあらわにした。私が彼に抱いていた人物像とずいぶん違うので、ちょっと見直した。しかし、今日のTVの報道とその解説によれば、何のことはない、今回の改選で当選の確立は低いので、あのような記者会見をしたのだ。分ってみれば、ちゃんと計算済みというわけだ。私の彼の人物像は間違っていなかった。
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| 2007年6月23日(土) |
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券をいただいたので、月島にある区の「月島社会教育会館ホール」に「オペライブ」第1回を観に行った。4人の方々の主宰。ソプラノ、メゾソプラノ、テノール、バリトンをそれぞれ担当していた。歌舞伎教室のようなもので、日ごろ慣れ親しんでいないオペラとはこういうものだということを教えてくれるものと解釈した。だから有名な場面をたくさん紹介してくれた。楽しく一時を過ごしたが、解説があっても、しっくりこないのはやはり言葉だ。日本語で歌ってくれなければ、どんなに表情や動作をしても、消化不良になってしまう、そう感じた。最後に「こうもり」より乾杯の合唱ををした。指導があってそれをCDにして送ってくれるそうだ。こういう企画面白い。出来上がりが楽しみ。
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| 2007年6月22日(金) |
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偽装ミンチを行った、北海道の食品加工販売会社「ミートホープ」の社長、あの男はなんだ。四回も会見を行って、ようやく自分の指示で行ったことを認めた。一族経営で、工場長のみが一族以外の人、社長はその人に相談されたから、それもいいだろうと言っただけとうそぶいていた。この人には、モラルが欠如しているとしか思えない。以前、鳥インフルエンザが発覚する前にすべての製品を売り抜けようとした鶏肉協会の大物が、結局は自殺で責任を取ったことがあった。今回この人物は、息子に諭されてやっと事実を認めた。その間の会見を見ているとのらりくらり、ニヤニヤして人を小ばかにした態度だった。こんな会社、社長に天罰を!
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| 2007年6月21日(木) |
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睡眠不足のまま、ビデオ鑑賞会に出かける。久しぶりに皆さんとお会いした。指導してくださる先生、撮影に出かける前にどういう作品に仕上げるか構想が練れているか、現地で行き当たりばったりで撮影するのか、編集段階で、作品の構想考えるか、それによって出来あがりが違うとおっしゃっていた。その上でともかく、人とは違う何かを見つけ出してビデオに収めておくということをして欲しいといわれた。合同撮影会の場合、特にその努力が報われるとのこと。まったくその通りだが、私にはなかなか難しい。私の旅ビデオ、皆さんに見ていただいたが、先生「津和野」をよくご存知で、ナレーションと映像でほぼ紹介をしているといわれた。ただ乙女峠の「シンドイ」を肉体的だけでなく、殉教という事実について、精神的にもそう感じるような表現が出来ればなおよかったと言われた。
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| 2007年6月20日(水) |
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明日練馬ビデオの鑑賞会。このところ撮影会も作品もご無沙汰。自分でもいけないと分っているがダメなのだ。今回作品を持っていかなければという義務感で、夜遅く編集を始めた。だんだんのめりこんで、たった3分の作品、出来上がったときは夜が明けていた。妻から若くないのだから徹夜などしてはいけないとお説教され、出かけるまで少しでも眠りなさいと厳命された。焼酎を、晩酌ならぬ朝酌して床についた。しかし実際は二時間ほどしか睡眠はとれなかった。
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| 2007年6月19日(火) |
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入梅したというのにこの暑さはなんだろう。確実に温暖化が進んでいる証拠だろう。自分の部屋に冷房をつけてしまった。昨日間違って図書館に行って、休館日であることをすっかり忘れていた。スリラー物でも読んでいると脳が活性化されたような気がして、物忘れが少なくなったと思っていたが、やはり違ったようだ。夕方TVのニュースどこも渋谷の温泉が爆発したことを報道していた。今東京では温泉ブームだ。技術が進んで1500メートルもボーリングすれば、温泉が出るという。それはそれでいいのだが今日のようなことがまたあったら困ってしまう。たまに骨休みで利用するので気をつけよう。
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| 2007年6月18日(月) |
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メールに先輩のSさんから、私のホームページが一万人になっておめでとうというお祝いのメッセージが届いた。大変うれしかった。私がこのホームページを運営するきっかけを作ってくれたのが、このSさんだったのだ。6年ほど前ビデオを発表する場がなかったので、ホームページでそれが出来たらいいなと思ったのだ。指導者を紹介してくれ、今日に至っている。最近ビデオ作品はおろそかになっていて、現在お付き合いさせていただいている人はビデオ同好会の人が多いので、その方々からはどうしたのと何時も言われる。自分でも作品が作れないのだ。情けないと思っている。そろそろやる気にならなければ…。
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| 2007年6月17日(日) |
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朝目がさめてから、今日提出する音楽の宿題を、テキストと参考書と首っ引きでうんうん唸りながら取り組んだ。どう考えてもしょせん私にはそれだけの実力がないことだけは分った。しかし、ここでくじけては男がすたる。今度宿題を提出するまで2週間あるから本気で今までのテキストを読み返して音楽の基礎を物にしよう、など思いながら夕方どうにかこうにか終わった。解答をメールで送った。2日後答えが返ってくる。出来が悪ければ演習となって、もう一度同じことをしなければならない。明後日が楽しみ。
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| 2007年6月16日(土) |
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妻が撮影旅行に出かけて、自分で料理するのが面倒。朝はコーヒーのみ、昼はカレーライス、夜は居酒屋で酒を飲みながら結構つまみを注文した。これでは体重を減らそうとしてもダメだ。一時は3キロぐらいは体重が落ちたのに。結局今夜は予定していた音楽の宿題もやりそこなって寝てしまった。明日一日かかって、やればどうにかなるだろう。いつもこんな調子で一夜づけで過ごしてきたが、これでは力がつかない。私の反省すべきところ。
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| 2007年6月15日(金) |
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安倍政権の支持率が急速に下がったという。当然だと思う。民主主義の教育を受けてきて十分承知のはずなのに、彼の国会運営は審議を尽くさず重要法案をたったの4時間で成立させるなどむちゃくちゃだ。民主主義の基本を忘れている。少数の意見を尊重するということを。数の論理だけが先行している。年金問題でも、民主党の菅直人が厚生大臣の時のことだと攻撃するなど、なりふりかまわない行動が目立つ。さすがに党から戒められてやめたようだが、しょせん彼は首相の器ではないのだ。彼の言動を見るにつけ聞くにつけイライラしてしまう。
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| 2007年6月14日(木) |
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このところ連日年金問題に話題が集中。分れば分るほど、社会保険庁は一体何をしているのだと思う。皆が不安に思うのも当然。私の場合、年金手帳がない。もらった覚えがない。妻に聞くと持っているという。不安になって調べたら証書はある。同時に社保庁から送られた基礎年金番号通知書に、「年金手帳をお持ちの方は貼付して保管してください」とあったので、証書があれば、それでいいのだろう。私は職場は変っているが、共済組合は同じなので、空白時期はない。もっとも変る時、一日でも手続きが遅れると空白が生じるとは言われていた。その点はその当時から承知していた。社保庁のような、パソコンデーターのいい加減さは許せない。定年前、問い合わせをした私の属する共済組合はきちんとデーターがあって、何年に職場移動したか丁寧に教えてくれたぞ!
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| 2007年6月13日(水) |
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この日記の入力されているノートパソコン、どうしたことか動きが遅くなってしまった。というよりは最早壊れたといってもいい状態。Cドライブ空き容量1ギガを切っていることが分った。ああでもないこうでもないと自分なりに操作している内に、午前3時を回ってしまった。妻は朝早く志賀高原に撮影旅行に出かけてしまい、私が目を覚ましたのは午前10時、猫に起こされたといってもいい。午後パソコンの先生に直してもらって、どうにか動くようになった。したがってこの日記も一日遅れのもの。写真も毎日大変。散歩で咲いているものといったら紫陽花。しばらくは紫陽花を貼り付けることになる。
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| 2007年6月12日(火) |
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昨日、場所を確認したクリニックにMRIを受けに行った。指定時間の20分前に来るように指示されたが、変な感じ。最初から時間をはっきり書けばいいのでは?さて私の番、名前を聞かれ、金属片が体に入っていないか、意外に思ったのは、入れ墨がダメなこと女性の場合眉を入れ墨にしている人がいるとか。身を横たえ20分ほど時間がかかること、音を遮断するためイヤホーンみたいなものを耳にされ、気持ちが悪くなったら知らせること、動かないことを条件に始まった。なるほど初めてするが、結構気持ちが悪い、動かないことも苦痛、これで左足のつま先の痺れの原因が分ればいいのだが。
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| 2007年6月11日(月) |
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明日御茶ノ水にあるクリニックで、腰のMRIを受けることになっている。今診察を受けている病院からの依頼。足のつま先の痺れの原因を突き止めるためだ。三田線の神保町で下車。徒歩でJR御茶ノ水駅に向かう。三省堂から一直線の道路、坂がかなりきつかったと記憶していたがそうでもなかった。駅からは地図に従って場所を探し当てた。それにしてもこの辺昔とかなり違っていた。有名な出版社はなくなっているし、古書店も無くなってはいないが、店舗が少ない。道路も新しく出来た。世の中、というよりは町はあっという間に変ってしまうものだと改めて知った。
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| 2007年6月10日(日) |
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午後から出かける予定があるのに、雨がひどくなった。おまけに雷まで鳴って外出するのを躊躇う気分になっていた。実際に出かけるときは、雨が上がり日までさすようになった。大気が不安定と天気予報では言っていた。帰宅してTVのニュースを聞いていたら、栃木県の佐野市の中学校で全校生徒のハイキング中に近くに落雷し、生徒が数名が手足のしびれなどで病院に搬送されたと報じていた。当日の大気不安定、前から分っていたのだから、もっと事態は把握できたはず。恒例の学校行事ということから甘く見ていたのではないか。軽傷で本当によかった。生徒のコメント、学校当局を厳しく批判していたのは、今時の子どもとして当然。遠慮なんかする必要なし。
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| 2007年6月9日(土) |
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昼寝をしたことはない。健康のためには20分程度するといいと言われているけれども、どうも苦手だ。しかし今日は、やたらと眠たい。もちろん原因は昨日の飲みすぎと、昨晩寝付いたのが午前2時過ぎということ。夕方まで目が覚めなかった。体重計で量ったがアルコールでの増量がなく一安心。明日の渋谷の宿題をする。「ケンタッキーの我が家」のコードを1オクターブ下げる作業。明日は多分仕上げだろう。これをBGMにして、仲間に見せたいと思う。
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| 2007年6月8日(金) |
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池袋の「ライオン」という場所で中学校のクラス会をした。私は東口しか知らないが、西口にもあるようで迷った人がいたようだ。若い時このビアホールに何回もかよったので、今日店の中を見てあまりの変りようにビックリした。昔の騒々しさはまったくなく、今風の居酒屋スタイル。病院で先日酒の飲みすぎを指摘され、酒断ちをしていたのに、久しぶりに気の置けない連中とあって飲み放題ということもあり、少し度が過ぎるほど酔ってしまった。皆が許してくれないのだ。それはともかくとして、70歳という声を聞いてからは、出席者がめっきり少なくなってしまった。持病が重くなったり、趣味の会で忙しいということが理由だ。来年は開けるだろうか。心配。
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| 2007年6月7日(木) |
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介護事業を行っている最大手「コムスン」に対して、厚生労働省は指定取り消し処分を発表した。この会社の経営者はその昔、「ジュリアナ東京」を企画した人物。介護事業を立ち上げた時、「お客様を喜ばせるのはディスコも介護も同じ」「介護は絶対もうかる」と言っていたようだが、要するに介護を食い物にしていたということだ。だから今回の不正申請に対して反省の色はまったくない。子会社に全面譲渡をすると言ったり、廃止届をだすなどのことをしている。厚生労働省も当初、「法的には問題がない」と対応が甘すぎる。批判を浴びて、急きょ厳しい姿勢に変ったが、頼りないことこの上ない。それにしてもこの世代、ライブドアのほりえもんにしても、村上ファンドの村上にしても不正をしてまでの金儲け主義は一体なんなのだろう。
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| 2007年6月6日(水) |
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眼鏡購入。1年半前、新しくしたのにもう度が合わなくなってしまった。右が眼鏡をかけて0.6、左が0.7と言われ、そう言われると確かになんとなくぼんやりとしている。眼鏡店で、調整をしたら、1.0にはどうしてもならないそうだ。結局両眼0.9に視力調整した。ということはこれから度が進むと、調整をしても。0.9以下となるということだ。情けない。眼科医からは治療する段階ではないが、緑内障があるので年に一度、検査に来ることといわれた。父もそうだったからこれは遺伝だ。気をつけようがないというのは残念至極。
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| 2007年6月5日(火) |

エカテリーナ宮殿 |
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病院で検査と食事内容の指導。検査は、両手両足の血圧測定同時に心電図測定、その後階段を3分間上り下りして心電図・血圧測定をした。食事内容の指導は、とても具体的。私の3日間の食事の記録を見て、アルコールだけで、夕食時のカロリーになってしまうと言われた。それと野菜が不足であると指摘された。全体に栄養バランスがよくないとも指摘された。食品交換表という本に基づいて具体的に教えてもらった。計算方法なるほど簡単、私にも出来そうだ。直ぐ実行しよう!お酒は控えるぞ!友人よ私の決意は固いのだ。誘惑しないで、お願い。
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| 2007年6月4日(月) |

エカテリーナ宮殿 |
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妻の属する写真展に連れて行かれた。いやいやではないが、なんか強制的な感じ。新宿の中央公園の側。スチール写真、私もやってみたい誘惑に駆られる。今、静止画はデジタルが盛んだが、私はやはりアナログの方がしっとり感があっていい。それはともかくとして妻の写真、本人はいいでしょうと言うが、注文がある。技術的にはかなり進歩したと認めてもいい。しかし被写体に向ける目がマンネリ化しているのではと思っている。それを越えなければ、私が認める作品ならないのではないか。他の人の作品に、ビデオで試してみたいものがかなりあった。おおいに参考になった。
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| 2007年6月3日(日) |

聖ワシリー教会 |
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幼いころ見たサーカスを他国で観覧するとは思わなかった。2時間のショー観客を少しも飽きさせず、次から次へと展開していった。つなぎはピエロ。私が感心したのは空中ショー、猫の演技、猫は犬と違ってそんなことするとは思わなかった。我が家の猫も練習すれば出来るかも。また象も然り。お座りしたり、立っている相手の象の間を膝をついてくぐり抜けるなんてことを難なくやってしまう。さすがはボリショイサーカスだ。神経を使うこと故、撮影はいっさい禁止。なのにフラッシュがあちらこちらから光る。その都度係員が注意する。どこの国でも同じなんだ。終了が10時近く。やっとうす暗くなったという感じ。今ロシアは白夜の時期。
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| 2007年6月2日(土) |

赤の広場 |
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帰国してからメールを開いてみたら、例の音楽理論の課題提出が6月3日になっていた。とてもこれでは提出できないので、6月6日まで延期を申し出た。OKの返事があった。宿題果たして正しく出来るかどうか分らないが、これで気持ちは落ち着いた。サンクトペテルブルグでバレリーナ養成学校を見学した。6歳から14歳までの子どもたちが学んでいる。義務教育も兼ねた学校で、彼らの練習風景を1時間ほど見せてもらった。高学年の女の子は大会でグランプリに輝いたそうだ。さすが上手だ。彼らは常に笑顔を絶やさず、私たちを魅了する。こういう彼らがやがてはロシアのバレー界を背負っていくのだ。日本にもバレーと限らずこのような養成学校があってもいいのではないか。
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| 2007年6月1日(金) |

モスクワ市内 |
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ロシア旅行から帰国。ロシアは猛烈に暑かった。まだ寒いだろうからと長袖を用意したがとんでもない。連日33度という猛暑。何でも130年以来とか。モスクワは車が多くて、朝晩渋滞でにっちもさっちも行かない。二時間かかってやっと目的地に着くというありさま。入場の時間の関係もあるが、早く出かけても同じことということで10時30分ホテル出発、観光はなく昼食のレストランに直行。同行者皆大笑い。それとやたらと値段が高い。レストランで出てくる水、まったく冷えていない。松岡農水相が自殺というニュースは、東京の電話で、それを受けた人が皆に伝えて分った。現地で「クレムリン」という意味も分った。聖ワシリー教会は他の国では見られない美しさだ。しかしもう一度行ってみたい国ではない、私の感想。
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