| 2007年5月24日(木) |

板橋の象徴 |
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明日はいよいよロシアに行く。昨日なんとなく気が進まなくなったが、まぁ元気を出していろいろ用意をする。明日は8時30分頃のスカイライナーに乗車予定。午前中病院に出かける。眼科検診。結果は視力が落ちていることが分った。10ヶ月ほど前に眼鏡を替えたのに。右が0.7左が0.6。確かに最近目が疲れるのはこれが原因だったのだ。またお金がかかる。緑内障はまだ治療する必要はないが、そのために年に一度検診の必要があるとのこと。加齢になると、いろいろ病気が出てくるもんだ。そんなことは忘れて旅を楽しもう。帰国は6月1日。
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| 2007年5月23日(水) |
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朝一番で宅配業者に電話。24日で結構だというのを明日はこちらが用があるので今日中にとお願いをして、夕方4時半ごろ取りに来た。その後、旅行会社の添乗員から電話があった。参加者は20名とのこと。虫さされの薬だとか、ウエットテッシュを持ってきたらよいとか、挙句の果てにはガムテープを用意してくださいという。聞くと空港でケースを開けて係員が盗むのだという。大国だと思い、また最近は石油で経済が上向きだと聞いていたのに全く何という国なのだ。気勢がそがれて、何かあまり行きたくなくなった。
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| 2007年5月22日(火) |
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ロシア旅行を25日に控えて、同行するT氏から連絡があった。スーツケースを23日に発送するとのこと。私も同じ。妻が23日早朝撮影旅行に出かけ、私と入れ違いに帰ってくるのだ。だから今日荷物をまとめなければならないのだ。何がどこにあるのか、着るものはどこにあるのかさっぱり分らないからだ。夕方どうにかこうにか終わり、宅配業者に電話を入れたら、もう本日の業務は終了したとのこと。明日連絡を取り夕方来てもらわなければならない。明日、明後日とこれでも忙しいのだ。
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| 2007年5月21日(月) |
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JRが発行している「50+」というツアー情報誌が読んでいて楽しい。今月号は主に千年の都「京都」の案内が多いが、この間行った「萩」についても書いてある。関が原の戦いで破れ、石高を四分の一に減らされ、召抱えられなかった下級武士の多くは商人となりあるいは帰農して毛利氏について行き、湿地の続く三角州を埋め立てて町を築き上げた。その努力が幕末には実質百万石という力を蓄えた。人材を育てるための教育にも力が注がれたという。身分を越えた教育が施された。対等に付き合う姿は他藩ではありえなかったという。それはみんな毛利氏の家来という意識があったからだと解説している。幕末長州藩は藩庁を山口に移したため「萩」が今の姿で残された。確かに観光した時、武家屋敷が多いのに感心したのはそのためだったのだ。
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| 2007年5月20日(日) |

山口にて |
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一所懸命パソコンに向かって打ち込んでいた作品が、ちょっとしたミスで一瞬のうちに消えて無くなってしまう悔しさ言葉では言い尽くせない。それを私は今日やってしまった。あれこれやっているうち、どこかでミスをしてしまったのであろう、今もってその原因が分らない。突然上書きしますかとメッセージが出たので、思わず「Yes」とやってしまった。もう今まで積み上げたものが何にもないのだ。先生に添削してもらったものが無いのだ。先生には慰められたが、クヤシイ!来週からやり直しをするが、ビデオのBGM3分ほどを作りましょうと先生に言われ、それで少し気が晴れた。
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| 2007年5月19日(土) |

山口にて |
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愛知県長久手町の発砲立てこもり事件、犯人は元暴力団だったことは最初から分っており、凶暴性があることは警察は把握していたはずだ。しかも駆けつけた警察官が撃たれ、倒れていたことが確認できていた。これが警察官でなく、民間人であっても長時間放置していただろうか。その間、私にいわせれば意味もなく説得をしていたのはばかげているといわざるを得ない。最近は、被害者よりも加害者に配慮するケースが多いのではないか。この事件の場合、射殺も辞さない決意が必要だったと思う。対応が誤った結果、警察官が死亡してしまった。警察もショックを受けたようだが、この教訓を今後同様の事件に生かしてもらいたいものだ。
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| 2007年5月18日(金) |

山口にて |
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もう一つのビデオクラブに出席した。この会はかつては50名を越す会員がいたが、現在は約30名になってしまった。この会の方々の作品は、レベルが高く、いつも感心して見させてもらっている。ただ皆さん、お年が高齢化してこのままでは、いずれ自然消滅してしまうのではないかと心配だ。それと作品レベルは高いけれど、もう一つ私が所属している会のように、先生の講評がないことだ。皆さんが批評しあうのが良いのか、自分で心の中で納得したり自分だったらこうするとつぶやくのが良いのか難しいところ。会の運営は大変とつくづく思う。
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| 2007年5月17日(木) |

山口にて |
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今日は練馬ビデオ同好会の鑑賞会。前回の撮影会を欠席したので、課題作品がない。おまけにそれに変る作品もない。気が重くなって今回はお休みにした。気が引けることこの上ない。来週出かけるロシア旅行の詳細が届いた。前に送ってきた書類で、ロシアは外務省が出す危険情報では危険度1のランクだ。テロが多いという。かてて加えて観光客に対する暴行も最近は多いという。他の人に聞いてもロシアにはあまり魅力はないと言われた。寒い季節はごめんだが、まぁいいでしょう。今は白夜に近い状態だという。午後9時過ぎまで明るいという。大いに楽しみにしている私だ。
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| 2007年5月16日(水) |

山口にて |
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最近は信じられないことばかりだ。日経新聞に「はしか猛威揺れる学校」と見出しが大きな活字で躍っていた。閉鎖に追い込まれたキャンパス、休校する高校が急増しているというのだ。我々の経験では、こんな年齢ではしかにはならならなかったというより、年少時に必ず罹ったものだ。現天皇が皇太子時代、青年になって罹った時は、高貴な方はやはり違うと思ったことを思い出した。人間がやわになったのかと思ったが、はしか対策が進み、感染の機会が減り、免疫力が落ちているからだという。良いのか悪いのか判断に苦しむが、老人には分らないことだらけだ。
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| 2007年5月15日(火) |

山口にて |
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とんでもない、言葉で言い尽くせない事件が起こった。福島県会津若松市の県立高校三年の男子生徒が、母親の切り落とした首を持って、母親を殺害したと自首して来た。いくら世の中が狂ってきたからといって、親殺し、子殺しに驚かなくなったからといって、こんなことがありえるのだろうか。学校側もこの少年を指導することは不可能だったろう。精神的に問題を抱えていたとしても、事件を防ぐことは出来なかったと思う。日本が病んでいる象徴と思わざるを得ない。とにかくショックだ。
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| 2007年5月14日(月) |

山口にて |
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山口でイノシシの焼肉、バーベキュースタイルで庭で。酒を酌み交わしながら食したが、なんとも言えず美味しかった。普通イノシシといったら、しし鍋であるが、臭みもなく最高。それから刺身、山口は日本海、太平洋の魚が豊富。食べに食べまくった。サザエのつぼ焼き、結婚した最初に来た時、萩でこれを食べ過ぎて、急性大腸カタルになったことを思い出す。鯨の刺身も久しぶり。萩を初めとして観光地、大変綺麗に整備されて、なんか馴染めない。昔の状態の方がよかったように思われる。それと観光客が少ない。ゴールデンウイーク後ということもあるが…。
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| 2007年5月13日(日) |

山口にて |
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昨夜午後9時過ぎに帰宅。やはり年だ。疲れがドット出た。新幹線改めて早いのには驚き。昔は6時間近くかかったのに、今は4時間半。少しも苦にならない。ビデオでご一緒のTさん、後から合流。妻の兄弟が宿泊と観光案内をしてくれた。おかげで、山口市内、萩、津和野、秋吉台を短期間で観光できた。我々はビデオ撮影が目的なので他の人と違って少々時間がかかる。今の時期、田植えの準備があるので両家にはただただ感謝するのみ。Tさん我が実家の前を通過するSLを撮影した。それをTVで見せて、その後エンドまでテープを戻しておかなかったのを忘れて、新山口駅ホームで新幹線を撮影、思い出して撮影ストップ。上書き撮影されてしまったか確認。SLの部分は残っていた。よかったですね。連日酒盛りはきつかった。おかげで体重元に戻ってしまった。今日からまた減量に励もう。
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| 2007年5月6日(日) |
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明日の準備、義弟の三回忌。山口まで行く。とりあえず理髪店でさっぱりとして、ビデオカメラとその付属品点検。着替えなどは宅急便にて夕方発送。黒服もを入れる。
実はそこに至るまで、音楽の宿題を四苦八苦でやっていた。あまり理解できないままに解答をした。何か奥歯に物が挟まったような気がしてしっくりしない。たぶん正解は正解だと思うが、帰ったらもう一度やり直そうと思う。東京には12日帰る予定。
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| 2007年5月5日(土) |
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この間の東京国際フォーラムの音楽会、今日も聴きに出かけた。入場券、急に行けなくなった人がいて姉を誘っていた。その電話中に、私がいろいろアドバイスを入れていたら、妻が急に怒り出した。私も頭にきて口を利かないと言った。そんなこんなで行く気はなくなったが、とにかく出かけることにはした。さて、会場に来て、いざ入場という段になって、切符が一枚足らないではないか。何度探してもない。結局私が辞退をせざるを得なくなり、私は家に帰った。足らないはずの入場券は、テーブルの上にあった。今日は鬼の首を取った思いだ。
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| 2007年5月4日(金) |
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西武球団の不正発覚に端を発した野球界の醜い行為に、怒りを感じた人は多い。私もその一人だ。前途ある若者を苦しめ、生涯トラウマを背負って生きていかなければならなくなった。この責任はどう取るのか。毎度おなじみになった最敬礼で謝罪行為で済んだと思うのか。この問題は高校野球界に火の粉が飛んだ。スポーツ特待生制度だ。高野連はいまさら調査をして膨大な数値であることを公表した。しかしこんな制度が禁止行為であることは、20数年も前から分っていることだ。発覚すればその都度お茶を濁してきた結果だ。高野連も野球を通じて教育をしていることをもっと自覚するべきだろう。甲子園も、該当生徒の出場辞退などという姑息な手段はやめて、該当校の辞退という非常手段をとるべきだろう。その方が結果はいいと思う。
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| 2007年5月3日(木) |
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東京国際フォーラムに行った。ここはかつて東京都庁があったところ。都庁が新宿に移ってからその跡地に出来たものだ。JRの車窓から外観は見ていたが中に入った事はなかった。今ここでは、ラ・フォル・ジュルネ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭が行われている。フランスの片田舎から始まったクラシック音楽祭。朝から晩まで9つの会場で同時並行の45分間のコンサートが5日間で300公演が行われる。入場料も低価格キッズプログラムもある。この運動が日本でも取り入れられ、今年で3回目。今年のテーマは「民族のハーモニー」。とにかく驚いた。館内周辺はもちろん、館内のホールはすべて公演があり、しかも次が目白押し。私が聴いたのはウラル・フィルハーモニー管弦楽団による「レフマニノフ作曲 ピアノ協奏曲第3番ニ短調 作品30」。ピアニストは小山実稚恵 指揮者 井上道義。よかった、居眠りもせず最後まで聞きほれていました。
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| 2007年5月2日(水) |
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今日は二つもレッスンをした。午前と午後。先日ピアノのレッスンをしようとしたら音が出なくて出来なかった替わり。どうにかレッスン終わったが両手を使って弾くのが難しい。毎日少しずつ練習を進めないとダメかも。夕食、夫婦二人とも減量しなければならない立場で、外食を控えていたが、とうとう我慢できず、すしを食べに出かけた。つまみにあれこれ食べた。この時期というべきかいろいろな食材があり楽しくいただいた。美味しかった。ご馳走さま。
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| 2007年5月1日(火) |
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今日は早朝から病院。食事をせずに行けばよかったかも。血糖を調べられた。その後、尿・血液検査。ここでの注射はいつも痛い。男の子は強いから我慢するけれども。主治医より今まで行った検査の結果を言われる。細かい点を言えばあるけれども、特に治療をするほどでもないこと。素晴らしいことは一ヶ月で体重が減ったこと。それはそうだ。ずいぶん努力したもの。先生より毎食30分後散歩をしなさいとの指導があった。次回は眼科の検査・喀痰検査および栄養士による食事指導を行うことになった。一度階段を歩いた後での心電図検査もあるようだ。考えたらこんな年にもなって、いろいろ検査をする気になっているということは、生に対する執着があるんだなぁ。 |
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