| 2007年4月30日(月) |
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3月初旬に、南房総にビデオ撮影旅行に行ったが、「くじらのたれ」というのがお土産としてかなり陳列されていた。皆はよく分らなかったようだが、実は私は知っていた。干物でちょっと炙って酒のつまみとしては最高に美味しい。従兄弟のご主人がこの地方の出身なので、私が若い時からいただいていたのだ。この間、日経新聞にこの「くじらのたれ」について特集記事があった。それによると17世紀半ばから捕鯨が始まり現在に至っているという。国際捕鯨委員会の対象外の「ツチクジラ」であるけれど日本では自主規制をしているそうだ。年間66頭、うち26頭が南房総に割り当てられているという。今は若者が鯨の味を知らないという。かわいそう!鯨肉は私は大好きだ。
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| 2007年4月29日(日) |
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今日は祝日。昨年までは「みどりの日」だった。昭和に生まれ現在に至った私にとっては、この日は「天皇誕生日」。天皇が亡くなってこの日は先ほどの祝日に変った。季節的によいネーミングだと感じ入ったものだ。平成の世になってすでに18年経った。昭和に生きた人間で戦争体験のある人も次第に少なくなっていく時代、また次第に平和への尊さを忘れがちな時代に、激動の時代だった昭和を省みるのには良い変更だったと私は思う。もっとも制定した側の思いはそうではないとは思うが…。
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| 2007年4月28日(土) |
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夕方、急に暗くなり雷も鳴っていた。しばらくして雨が降り出した。妻に洗濯物干したままではと聞いたら取り込んだという。昨夜天気予報で、寒気を伴った低気圧が通過すると言い、こうなることは承知していた。ところが同じ都内で、江戸川区では突風が起こり、イベント会場のテントが吹き飛ばされて子どもたちが怪我をした。また工事現場で作業用足場が宙吊りとなった。気象庁によると最大瞬間風速30.8bとか。私も昔、雨で濡れたテントを撤去せずそのっまにしておいたら、夜同じような突風が吹き、10bほど吹き飛ばされた経験を持つ。注意!注意!
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| 2007年4月27日(金) |
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夕方、明治通り沿いのディスカウント店で火災があり、黒煙がもうもうと立ち上がる光景がTVに映し出された。都会の火災は怖い。原因は子どもの火遊びらしい。このところ子どもによる放火、火遊びが絶えない。それはそれとして、最高裁は第二次大戦中の「従軍慰安婦」「強制労働」に対する賠償問題に、終止符を打った。「国家間で戦争を終結させる条約が結ばれた場合、個人の賠償請求権も放棄される」とのこと。ドイツはどう対処したのだろうか。日本はアメリカに原爆投下、東京大空襲に対しての賠償責任を追及しているのだろうか。気になった。
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| 2007年4月26日(木) |
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昨日、近所の書店からわが意を得た本を見つけた。森田実氏の本だ。「アメリカに使い捨てられる日本」という題名、副題として「日本の真実を国民に訴える!」とあった。序文で、日本の政治は政治の本分を忘れている。政治道義の衰退は目を覆うばかりである。大企業は本来果たすべき社会的責任を忘れている。中央官庁の指導者層は、国民全体のことを考えて、行政機関としての責任を果たすという、高度な情熱と責任感が急激に衰えている。テレビと大新聞を中心とするマスコミの堕落も目を覆いたくなるほど。真実の報道に自己のすべてをかけるという、真のジャーナリスト魂を喪失してしまっている。司法は三権分立の理念を失ったかのように、政治権力への独立性が衰えてきている。そして今こそ国民は「考える葦」にならなければならない。「風にそよぐ葦」であったなら、日本に未来はないと思うと述べている。この本をこれから熟読するつもりだ。
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| 2007年4月25日(水) |

最近の我が家の八重桜 |
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このところ天候がおかしい。急に寒くなったり寒暖の差が激し過ぎる。自分で調節しないと風邪を引いてしまいそう。午後から、電子ピアノの修理。症状を話したところ、直しておいた方が良いでしょう。といっても基盤を替えるだけ。この基盤の中のどれかが壊れているのだという。開けてみたところ、あんなに重々しく見えていたのに中はいたって簡単。パソコンみたいなもの。ちょっと意外だった。しばらく様子を見てみましょうといってお仕舞い。うん万円かかってしまった。夕方北朝鮮の40年ぶりかといわれる軍事パレードを見た。いろいろの解説があり、そうだと思うけれど私が感じたのは、人間ではなく人形が動いているようなということだけ。
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| 2007年4月24日(火) |
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朝日新聞の囲み欄にこんな記事があった。年をとるにつれて性格が円くなるほど長生きできる。それによると米国の中高年男性の性格の変化について12年間にわたって追跡。神経質になった群と穏やかになった群とを比べた結果、18年後の生存率は「神経質群」が50%、「穏やか群」は75〜85%だったそうだ。私は本来短気で直ぐ頭に血が上るたちだった。近年自分で言うのも変だが、気持ちが穏やかになってしまった。それにつれて、妻は何かというと人を小ばかにする傾向が強くなった。いつかそれをただそうと思っていた矢先、ちょっとしたことで、私が切れてしまった。一方的に私が怒鳴りまくって、終わったが後味が悪い。反省しきり。これからは今まで以上穏やかになって長生きしよう。
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| 2007年4月23日(月) |
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朝刊で選挙結果が載っていた。さっそく板橋区の区長・区議会議員の得票を見た。国政の与野党を反映してか地方議会でも自・公民が圧倒的。おそらく次回の参議院選挙もこのような結果だろう。本当は、もっと民主党が頑張って二大政党制にして政権交代が出来るようにしなければならないのに。与党を好き勝手にしているのは民主党の中に、自民とあまり考えが変らない人が多すぎるからだろう。もう一つ今回は投票率が50パーセントを切っていることだ。選挙民も政治に期待をしていないからだろう。これからの、日本の行く末が案じられる。
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| 2007年4月22日(日) |
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渋谷で例のお勉強。先生の都合で5月6日をお休みにして13日に1時間することになる。29日がお休み日だから、3週間後。ちょっと間が長いなぁー。地方議員の投票日、ついこの間始まったばかりなのにもう投票日。法律で、運動期間は7日間のようだ。これでは、いくらなんでも政策が選挙民に訴えられないのではないのか?もう一つ気になったのはテロに倒れた現職市長伊藤一長さんの身代わり候補、娘婿が落選した。娘さんが「市民の皆さん、父はその程度の存在でしたか。伊藤一長が浮かばれない」といっていたが、それは違うと思う。お気の毒ではあるが、もうそういう時代ではないのだ。市民は懸命な選択をしたと思う。
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| 2007年4月21日(土) |
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午後から、錦糸町にある「すみだトリフォニーホール」にソプラノ・リサイタルを聞きに出かけた。歌手はインドラ・トーマスというアフリカ系アメリカ出身の女性。アレだけの声量を出すためなのかかなり太っていた。私は歌詞が全く分らないので正直言うとあまり楽しくなかった。妻に言わせれば歌劇を聞くときは事前に内容を調べておけば、理解できるという。マァーこういう類は今回で十分。帰りJRの駅の階段の関係で、都バスを利用して春日町駅まで行き、三田線で自宅に帰る。私はシルバーパスなのでタダ。
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| 2007年4月20日(金) |

我が家の八重桜 |
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今日はピアノレッスン日。いつもは水曜日なのだが、先生のご都合で変更になった。お出でになるまでちょと練習。サァー、レッスンを始めるという時、電源は入るが、音が鳴らない。何をどうやってもダメ。実は以前もそういうことがあった。同じくレッスン中一瞬電源が切れたのがはじまり。その都度少し時間を置くと大丈夫だったのだ。購入店からメーカーに。電話で修理日を決める。修理代を現金でいただくとのこと。それではいくら用意をしたらいいか分らないので、聞いたらこの状況では2〜3万かかるでしょうという。仕方がないが、なんとなんだかんだと物入りだなぁ。
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| 2007年4月19日(木) |

長谷寺にて |
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今日の練馬ビデオ同好会に、先だって撮影した「六義園」を昨夜、編集しようとしたら編集器にどうしても取り込めない。思いあまってTさんに電話をして取り込み方を教えてもらった。すっかり忘れてしまったのだ。喜び勇んで画像を見たら、なんと両端がぼけているではないか。パンすると微妙にずれるのだ。おそらくワイドレンズが原因だと思う。ビデオカメラ自身が原因だったらどうしよう!そんなことで今回も鑑賞会に提出できなかった。プロデューサーだった先生の灯台を主人公にした参考作品、プロはこういう風に作品を制作するのだと参考になった。またもう一つ、音楽ビデオの作り方もよい勉強になった。あんな作品が私にも出来るだろうか。
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| 2007年4月18日(水) |

伊勢神宮 |
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昨日銃撃された長崎市長が午前2時過ぎに亡くなった。立候補者の死亡により市選管は補充立候補を告示した。この問題に対して、市長が亡くなる前に、久間防衛相はとんでもない発言をしている。「投票日の3日前までに亡くなったら補充がきくが、それを過ぎたら補充がきかない。そうすると、共産党の候補者が当選してしまう」この人は人をなんだと思っているのだろうか。こんな程度の低い人が、日本の国防を荷っていると思うと背筋が寒くなる。安倍政権には、本当にどうしようもない人が多すぎる。首相の任命責任は重い。
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| 2007年4月17日(火) |

長谷寺にて |
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医院に薬をもらいに行った。お医者さんから今度外国旅行どこに行くのかと聞かれ、ロシアと答えたところ、あの国はテロが横行していて注意しなければと言われた。午後、TVでアメリカの大学で銃乱射事件があったことを知った。アメリカは銃の所持が憲法で認められていることは承知しているが、この時代に日本人には到底理解できないと思っていたら夜になって長崎市長が狙撃され心肺停止状態だと報道された。日本も銃による犯罪が実際おこってしまった。犯人は暴力団の幹部とか。言論を封じ込めるような行為は決して許されない。テレビ朝日には犯人から犯行声明が郵送されていた。これに対して視聴者から、なぜ警察に通報しなかったのかという抗議の電話が殺到しているという。私もそう感じていた。TV局側、多いに反省するべき。
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| 2007年4月17日(火) |

長谷寺にて |
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今日は朝早く病院で検査のある日。ラッシュの時間に地下鉄に乗る。勤め人で満員。皆、背広を着用。当然といえば当然なのだが、一昔前の自分を思い出し、感無量。検査は砂糖水なのか甘い飲み物を飲んで、30分毎に血液と尿を採取。朝食・水分を取っていないので、尿がなかなか出ず苦労した。血液も左右の腕から採取するのだが、右手は静脈が細く同じところを少しずつずらして行うのだがとても痛かった。合計6回3時間かかった。終わって食事をしたのだが、量が多くて食べ切れなかったが、無理をして全部食べてしまった。バカな私。
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| 2007年4月15日(日) |

金峰山寺にて |
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先日能登半島で震度6強の地震があったばかりなのに、今日三重県で震度5強の地震があった。私は、伊勢湾をついこの間フェリーで渡ったばかり。余震が当分続くという。そういえば、東京もいつ大地震に見舞われてもおかしくないという。もっとも、その前に東海地震があるとも言われている。この地域は150年間も地震が起きていない。120年周期で起きるといわれているからその前触れかもしれない。日本人は地震の巣の中で生きているとはいえ、やはり怖いものは怖い。私など気が弱いからショックであの世に行きかねない。生きている間は地震がありませんように。
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| 2007年4月14日(土) |
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吉野山の桜は、下千本・中千本・上千本・奥千本とあり順番に開花する。したがって約1ヶ月ほど桜が楽しめるというわけだ。ただ奥に行くほどその場所に到達するには時間がかかるということだ。もちろん車でいけるけれど、その期間は観光客、出店で交通規制がかかっている。私はもう中千本までが精一杯。今回は本当に疲れた。私が行った日、金峰山寺の大名行列に出くわした。この行列は10万石の大名の格式だそうだ。ちょっと違うのは武士ではなく山伏、大名ではなくお寺の一番偉い方が籠に乗っていることだ。さて、我が家の八重桜がこじんまりしてしまったが満開となった。しばらくはそれを愛でよう。
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| 2007年4月13日(金) |

金峰山寺二王門 |
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先だって西村京太郎の十津川警部シリーズの作品を読んだ時、作者が「十津川」という名前を命名したきっかけが紹介されていた。大変興味を持った。それによると紀伊山地にある日本一大きい村の名前を拝借したものだった。奈良県吉野郡、近くには温泉もあり、村人は昔から尊王の郷士として知られ、幕末には皇居を護衛していた。一度は訪れて見たいと思う場所。ただ、交通の悪いのが難点。ここは世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に含まれているのだ。今回の吉野桜の場所ももちろん世界遺産の一部だ。実際に訪れて国宝の建築物を見て、こんな山奥にその大きさ、荘厳さに驚いたことは確かだ。観光客の喧騒さがなければという但し書きがつくが…。
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| 2007年4月12日(木) |

伊勢神宮 |
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朝早く猫に起こされる。私の顔をなめて起こすのだ。今回のビデオを見てみる。ワイドレンズがどうもおかしい。両端がぼやけているのだ。純正の物ではないからか。純正のレンズを持っている人に聞いてみよう。今回の旅行で第1日目の伊勢神宮内宮見学、神明造りの社殿で20年ごとに建て替えられる。5年後にいわゆる遷宮が行われる。その用地を見た。案内者が面白い表現をした。掘っ立て小屋と思えばいいのであって、そのくらいの年数が経てばもう立て替えなければならないでしょうと。5年後のその時、私はこの世にいるのだろうかとつぶやいたら、添乗さんから大丈夫、お元気でいらっしゃいますよと慰められてしまった。
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| 2007年4月11日(水) |

吉野山にて |
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夜11時に帰宅。妻が入れ替わりに写真撮影旅行に行っていることすっかり忘れていた。猫がとんできて大騒ぎ。今度の旅行、一緒に行くことになっていたSさんが急用が出来て参加できなかったのは残念。吉野の桜、見事といえば見事。ただ、桜見物の人で芋を洗うような状態。ゆっくり観桜というわけにはいかなかった。長谷寺あたり、桜真っ盛りだったのは意外だった。今回の行程やはりきつかった。バスでの移動が時間の半分を占めている。早々に寝床に入る。
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| 2007年4月9日(月) |

我が家の八重桜 |
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今日は腹部のエコー検査日。昨夜は早く夕食を取り、以後食べもの厳禁。お湯、水はOK。この検査で肝臓、すい臓、腎臓および膀胱・前立腺の異常が分るという。約20分間かかって終了。夕方、頭が狂いそうな肩こり指圧にかかる。終わってやっとすっきり。明日は早朝に旅に出る。目指すは奈良・吉野の山桜。最初に就職をした同僚と行く。私を含めて3人。このところ、この方たちとは、温泉に出かけたり親しくお付き合いしていただている。来月も旅行社が催行すれば、また一緒に出かけることになる。楽しみだ。もちろん明日も楽しみ。伊良子岬から紀伊半島に入り、伊勢神宮参拝、2日が吉野から長谷寺というコース。今夜は早寝だ。
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| 2007年4月8日(日) |

我が家の八重桜 |
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盛り上がりも何にもないまま都知事選の投票日を迎えてしまった。私は選挙期間中、誰一人として選挙中の候補者の声も運動する人の姿も見ていない。こんな選挙は初めてだ。夕方6時ごろ投票に出かけた。思いとは裏腹に投票に行く人は多かった。その時点で投票率は44パーセントだった。テレビは8時2分には選挙速報としてテロップが流れた。都知事石原氏当選、いくらなんでも早すぎるんじゃないの?しかし報道機関は出口調査で、この結果を把握していたのだろう。現職の石原氏に対抗した浅野氏出馬時の態度がよくなかった。もっと積極的に石原氏と戦うという姿勢がなかった。石原氏は日ごろと違って、反省する点もあったなど考えられない低姿勢。批判のある築地市場の移転問題、オリンピック問題も意見に耳をかたむける態度をとった。これから4年間弱者いじめと、作家にあるまじききたない言葉を聞かされることになる。
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| 2007年4月7日(土) |

六義園にて |
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このところ直ぐに忘れてしまう。自分でもやりきれない。そうするとそれを思い出すのに必死になる。前は、前後をゆっくりと考えると、置いた場所は大体検討がつく。今はダメ。結局は家中を引っ掻き回してようやく探し当てる。年のせいだと笑ってはいられない。アルツハイマーじゃないだろうか?妻も、物忘れが多いから、メモにして貼り付けるという。そういえば冷蔵庫やコルクの掲示板はメモだらけ。夫婦の会話もアレだコレだとまだるっこしい。アレを思い出すのに大変、コレを思い出すのに大変。夫婦やっているのもしんどいことだ。
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| 2007年4月6日(金) |

六義園にて |
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肺がん検査に市ヶ谷に出かけた。私が一番早いと思っていたら4番目だった。1番の人は1時間前だとか。中に風邪を引いていて、やっと熱が下がったが、せきが止まらないという人がいた。私はその人から出来るだけ遠ざかっていたが、夜鼻水が出てよわった。あわてて薬を飲んだことだ。年寄りが多いのだから日程を変更して直ってからにしてほしい。ここでも喀痰検査があるが、ここのは癌を調べるものだ。私は、他の細菌があるかどうか痰の検査をするようにと言われた。左隅に気になる影があるという。メモに××症の疑いありとあって掛りつけの医者に見せなさいと言う。大丈夫だと思うけれど念のためと言うけれども、ちょっと気になるなー。帰り地下鉄新宿線、小川駅で人身事故があって1時間不通。春先だと毎日どこかの路線がこういう目に遭う。
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| 2007年4月5日(木) |

東京駅丸の内口 |
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練馬ビデオ同好会の撮影会。場所は駒込の「六義園」。シダレ桜開花の時期は過ぎてしまった。花の時期に臨機応変に対処できないところが、こういう会のつらいところ。私は撮影場所が自宅から近いので直接出かけることにした。この庭園は都のものだが、歴史的には第五代将軍綱吉に仕えた側用人、柳沢吉保の邸だったところ。それにしても私同様年を召した方ばかり、マー健康のためにはよいのかも。大名屋敷の庭園は池が見事であるが、この六義園の池は見ごたえがある。素晴らしい。正式には「回遊式築山池泉」というのだそうだ。水は千川上水から引いたという。将軍もしばしば訪れたとか。今迷惑な訪問者はカラス。都内の公園・庭園ではどこに行ってもこやつらはいる。鳴き声のうるさいことうるさいこと。
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| 2007年4月4日(水) |

東京駅丸の内口 |
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先日の病院へ。今日は心臓のエコー検査。心臓が血液を正常に送り出し、戻しているかを調べているとのこと。むくみを見て、私の方がもっとむくんでいますよとは先生の言。以前、不整脈があるが治療するほどのものではないと言われたと言ったところ、安易に考えてはいけません。年をとるとかなり問題がありますと脅された。さて、私には頭が痛いことがある。昨日この日記を書いてからXPのアップデーターをして、再起動したら、立ち上がらないのだ。画面に出ている英文を書き写し、家電店の方に見ていただいたら、場合によってはリカバリーしなければと言われた。もう一度電源を入れてみてとのことで、やってみたがダメ。パソコンをジーと眺めていたら、フロピーが入っていることに気付いた。それを抜いて電源を入れたら、立ち上がったではないか。よかった、うれしかった。おかげでこうして日記が書けるのである。
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| 2007年4月3日(火) |

東板橋公園にて |
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DVDレコーダーのハードデスクを整理していたら「ビルマの竪琴」が録画されていた。つい先だってミヤンマーに出かけたこともあって、さっそく見てみた。市川崑監督、中井貴一、石坂浩二主演、1985年リメイク版として監督70歳の時の作品。気軽に鑑賞していたが、20数年前の作品だが吸い込まれそうな感動を得た。若い人には理解できないだろう。戦争のむごたらしさ、死者に対する人間としての崇高な思いが映像にしっかりと描かれ、思わず知らず涙があふれ出し、止まらなかった。それにしても、日本が犯した他国への侵略行為、今時の政治家もっと素直に対処するべきだろう。そうでなければ日本は世界の中で孤立してしまうだろう。
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| 2007年4月2日(月) |

石神井川にて |
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先日知人の息子さんの就職祝いをしたので、今日が入社式なのは分っていた。TVニュースで宮崎県の知事が入庁式で、問題発言があったと報じていた。その後県外の方から指摘があり、不快に思われた方がいらしゃるのでお詫びするとの知事の記者会見があった。夕刊でその内容が分ったが、それほどの問題発言とは私は思わなかった。だが、埼玉県知事、愛知県知事の発言はひどいと思った。二人は釈明していたが、その意図すること自体は良いと思うが、例える方法がよくない。「自衛官は人殺しの練習をする」「警察官は、人を痛みつける練習をする」など公人は発言に慎重であってほしい。
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| 2007年4月1日(日) |

石神井川にて |
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今日渋谷に出かけるとき、郵便受けに東京都知事選挙の公報が入っていた。14名の人が立候補していた。全く知らなかった。中には手書きのものがあったり、××刑務所卒などと書いてあるものもあった。読んでいて飽きなかった。昨日都知事選の低調さを嘆いたが、憂さを晴らした感じ。それにしてもこんなに多数の人が立候補したのも、宮崎県の東国原知事の影響だろうが、確か立候補するには供託金が必要なはず。調べたら300万円だった。言っては悪いが、一定数の票数を獲得しなければ没収されるわけだが、数名の人を除いたら没収だろう。私には理解できない。 |
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