報徳二宮神社

小田原城址公園
祭神 二宮尊徳(幼名 金次郎) 彼は江戸末期、現在の小田原の農家の出身。幼少のころ両親を亡くし、没落した。勤勉と倹約から家を再興。その当時の姿が、薪を背負い本を手にした銅像で戦前の国民学校に設置され、軍国主義に利用された。尊徳の思想は報徳仕法といわれ、分度(自分の経済力に応じて支出に限度を設け)・推譲(そこから生じた余剰を窮乏している者に譲る)の精神で、特に為政者の責任を重視し、財政に分度を設け、それを越える収入を窮民および荒地開発のために推譲することを強く求めた。